ブランド論は何が新しいのか
2009年以前の他の著作でもこうした主張は同様です。ポイントを改めて整理しながら見ていきたいと思います。ここでは再び、マクナリーさんらが示した「際立っている」「適切である」「一貫性がある」という3要素を整理の基本線とします。ただ、この表現だと少し回りくどいので、それぞれ「ブランド確立」「ニーズ照合」「スタイル設定」と以降は表現することにします。
まず「ブランド確立」についてです。マクナリーさんらに限らず、2009年までの著作においては、「自分らしさ」によって他人との差別化を行う(際立たせる)という態度が共通して見られます。自己ブランディングとは、「なりたかった自分になること。つまり、成功とは本当の自分になることも意味する」(カピュタ、12p)のだ、「内側からほとばしるような自分の輝き」(藤巻、7p)にもとづくものだ 、といった説明が行われるのです。
そして、「自分ブランドを手に入れたいなら、『そもそも自分とはどんな人間か?』を知ることが大切」(藤巻、24p)として、各著作では「自分らしさ」「本当の自分」を明確化する作業がまず課されることになります。課されるのは、「わたしは」の後にあてはまることがらを20個書き出すこと(遠山、79p)、学生時代の思い出や自分自身の得意なことや自慢できることなどの「現在と過去の棚卸し」(遠山、97-98p)、将来の「あなたのなりたい理想像」(遠山、84p)を明確化すること、「自分がどういう人間なのか、今はどんな状況にいるのか、人生や仕事で何を成しとげたいのか、そうした質問を自分にぶつけ」(カピュタ、16p)ることなどです。
自己の明確化作業の次に課されるのは、「自分の強み・自分の弱み」(遠山、103p)について考えることです。より端的に、強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)を検討するマーケティング手法「SWOT分析」を自らに用いてみよう、とする議論もあります(カピュタ、39-44p)。こうして、「自分らしさ」「本当の自分」を際立たせる作業は終了です。
こうして「自分らしさ」「本当の自分」の発見・明確化によってブランドが確立され、他者との差別化が可能になるのだとされます。著作のなかでは次のようにも言及されています。
「ブランディングは競争です。あなたが表すものと、誰かほかの人が表すものとの競争であり、アイデアの競争です。(中略)自分を差別化して本物になることを忘れないようにしてください。本物の自分こそが、世に送り出すべき最高のものなのです」(カピュタ、47p)
「自分ブランドとは、あなた自身のブランドのこと。『あなた』をほかの誰でもない、『あなた』にしているもののことだ」(藤巻、6p)
次は2つめの要素、「ニーズ照合」です。ここでは、自分ブランドが自らの内に確立されたとしても、その続きがあるのだ、他者に届けるところまでがブランディングなのだと念押しがなされます。例えば以下の通りです。
「自己をブランド化するとは何か、と聞かれたら、『確固たる一定のイメージを人の心に抱かせること』 では、確固たる一定のイメージを人の心に抱かせるために必要なことは何か、と聞かれたら、『常にブレないイメージを一貫性をもってアピールし続けること』」(遠山、73p)
「あなたが成功できるかどうかは、ブランディングがうまく行く場合と同様、ほかの人があなたに抱くイメージで決まります。(中略)『客観的に』正しいかどうかではなく、認識が現実となるわけです。ほかの人の心にポジティブな印象を植えつける。それが自己ブランディングの働きです」(カピュタ、11p)
このような観点にもとづいて、「誰のために何ができるのか」(藤巻、18p)を考え、「マーケットを絞」(カピュタ、13p)り、「良いアイデアと、あなたが満たせるマーケットのニーズがぴったり重なる部分、つまり『スイートスポット』」(カピュタ、50p)を探し、「ターゲットとするマーケットの人たちに頻繁に名前を売り込む」(遠山、60p)といった作業課題が各著作では示されています。
これらを経て、第3の要素「スタイル設定」に議論は移ります。スタイルの設定にあたって各著作では、「自己キャッチフレーズ」(遠山、118-125p)の案出、「自分のキーワードを持つ」(カピュタ、166p)ことがマクナリーさんらの著作と同様に推奨されていました。
より細かいスタイルについては、たとえば遠山さんの場合、名刺、自己パンフレット、自己絵はがき、お礼状、誕生祝、感動ギフト、自分の名前が入ったグッズ、外見の演出、異業種交流会、SNSの活用といった事柄が挙げられています。「幸せな成功者」プロデューサー・経営コンサルタントの中井隆栄さんによる『「幸せな成功」を引き寄せる 自分ブランド構築術』でも、名刺、メールの署名、ホームページやブログ、SNSのプロフィールに自分自身のセルフ・イメージや「独自のウリ」について書く等の方法が示されていました(中井、106、147p)。
さて、かなり駆け足で詰め込みましたが、2009年までの、自らをブランドとしてみなす著作群の傾向を見てきました。マクナリーさんらが述べたような「ブランド確立」「ニーズ照合」「スタイル設定」という3つの要素は、他の著作でもほぼ同様に見られるものだったと言えます。
ところで、ここまで見てきたようなブランド論は、どこが新しいのでしょうか。率直に言えば、新しいところはありません。自分自身の「強み」を見つけ出し、それがどのように他人に受け入れられるかを考え、自己アピールの明確なスタイルをもつこと。こうしたブランド論の3要素、何かに似ていると思いませんか。
そう、大学生の就職活動(のマニュアル本)とそっくりですよね。自己分析で自らを掘り下げ、自分の「強み」が企業でどう活かせるかを考え、それをできる限り端的にアピールする。このような就職活動のスタイルは1990年代半ば以来のものですが、言ってみれば、ブランド論はそれを既に就職した人々に拡大適用したに過ぎません。このような意味で、ブランド論はまったく新しくないわけです。
就職対策書に限らず、1990年代半ば以降の自己啓発書の多くが求めているのは、「一貫した自己」を自ら作り上げることでした。これが正しいという「定番」の生き方や働き方が見えづらくなった現代において、自分自身が「心から望むこと」を見つけ出し、それにしたがって仕事や私生活を一つ芯の通ったものに作り直そう――ブランド論は、このような啓発書の系譜をそのまま引き継ぐ、いわば啓発書の「王道」を行くジャンルとして生まれたのです。
しかし、「自分らしさ」を見つけることと、それを表現・発信することを一貫・調和させようとするブランド論の基本姿勢は、2010年以後に失われることになります。ではその喪失はいかにして起こったのでしょうか。それが次回のテーマです。