なぜ博士課程を1年で修了できたのか
3年間の実務経験の後、彼はカーネギーメロン大学の博士課程に入学する。「どうしてカーネギーメロンに?」という質問に「MITに就職したかったから」との答え。アメリカの大学教員の採用では同じ大学で学位を取得した者が対象となることはまれ。「だから意図的にMITでない、カーネギーメロンを選んだ」のだ。
しかも、彼は博士課程を通常4年以上かかるところ、なんと1年で修了する。どうしてそんなに早く博士課程を修了できたのか。
彼の答えはこんな感じだった。「実は、会社を経営しているとき、社内イノベーションはどのように起こり、どのような結果になるのかというデータを集めてたんだ。だから博士課程に入った後はデータを分析して論文を書くだけだった。とても忙しかったけどね(笑)」。
博士課程をスピード修了した彼は、計画(?)通り念願のMITの教員になることになる。彼は本当に、MITしか就職先として考えてなかったらしい。MIT以外にどんな大学でジョブトーク(採用に向けて大学から依頼される自身の研究のプレゼンテーション)をしたのかという問いに、「MITだけ。だってMITに就職したかったんだから」と。当時、イノベーション研究という看板を掲げていた大学はほかになかったこともありエリックの眼中にはMITしかなかったのだ。
エリックが生涯の研究テーマであるユーザー・イノベーションの調査を始めるのはMIT就職直後からだった。彼の博士論文のテーマは社内ベンチャーだったが、「会社はイノベーション活動の中心ではない」と思ったそうだ。
彼にそういう信念が芽生えたのは12歳のときだった。エリックは父にしばしば連れられてMITの実験室で1日を過ごした。そこで研究者たちは自分が追究する研究テーマの実験を行うために自ら科学器具を開発していた。実験器具が器具メーカーではなくユーザー(科学者)によって発明されていたのだ。
イノベーションはメーカーでなくユーザーが行っている。エリックにそう思わせる出来事が彼のベンチャー経営時代にもあった。製品開発上、どうしても必要な部品があったため彼は部品業者のもとに行き、「御社で現在作っておられない製品が必要なんです」と申し入れた。するとどこの業者も口をそろえて次のように答えた。「とんでもない。あなたの会社に必要なのは、うちが販売している製品ですよ」と。
「実に妙な話だった」とエリックは言う。
例えば、市販のどの製品よりも優れた機能をもった小型のファンが欲しくなったときだった。エリックは部品業者にそんなファンを開発し、売ってくれるよう頼みにいった。「ぜひとも必要なんです」と言って。すると、業者の答えは「いいえ。当社の標準的なファンで間に合うはずです」だった。そこで「いや、だめなんです」と言い返すと、今度は次のような答えが返ってきた。「ご要望のものは作れませんね。自然の法理に逆らっていますから。今、販売しているものを買ってもらうしかありません」
仕方がないので、エリックはプリンストン大学に行き、空気力学の専門家に頼んで欲しいファンを設計してもらった。そしてその設計図を先の業者にもっていくとこう言われた。「承知しました。作りましょう。ただし工具はそちらで調達してください。それと一度に1万個分の料金をいただきますよ。それから……」ファンが必要だったエリックはすべて言われた通りにした。
「出来上がった製品はすばらしいものだったよ」とエリックは言う。「だって、僕たちが設計していたファクスに搭載したかったものそのものだったからね(笑)」(彼の興した会社はファクスのメーカーだった)。