「自分が開発した」と企業が思い込む理由

それから数週間後のこと、おもしろいことが起こった。製品化にいろいろ条件をつけてきたファンメーカーの代表が電話をかけてきたのだ。それは、実は、エリックの会社が使っているファンに多くのニーズがあることがわかったので製造に必要な工具類を使わせてもらえないかというものだった。エリックは「喜んで。製造責任者と話をしてください。彼が手はずを整えてくれるはずです」と答えた。その通りに手はずが整うと、その後、まもなくその企業が宣伝を始めた。「要約するとこんなことが書いてあったんだ」とエリック。「お客様のニーズを十分調査した結果、この新タイプのファンが求められていることがわかりました。もちろん当社は、大事なお客様のためにそのファンを開発しました」。そう言い終わった後、彼は肩をすくめて苦笑した。

「これは僕にとって、とっても興味深いことだったよ。心の中で思ったさ。この場合、(社会的通念になっている、メーカーがイノベーションを行うという)メーカー中心のイノベーション・モデルは通用しないと。ところが、このモデルに対する信頼感が強いので、ファンメーカーは自分がイノベーションをしたのだと思いこんでいたのさ」

メーカーか、ユーザーかを分けるものは何か

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ユーザーがイノベーションを起こす割合

すべての製品とは言えなくてもイノベーションが起こる場所は会社内部でなくユーザーかもしれない。過去の自身の経験から問題意識をもったエリックはまず、ユーザーがイノベーションをしていると予想できる科学機器で自分の仮説を実証してみせた。その研究が1976年にResearch Policyに掲載された「科学機器のイノベーション過程におけるユーザーの支配的役割」という論文だ。今ではユーザー・イノベーション研究で古典中の古典とされるものになっている。

雑誌のレフェリーからの反応はどうだった? と質問すると、次のような返事が返ってきた。「うん。好意的だったよ。科学機器のような分野ならそんなことがあるかもしれないね、というような感じだった。データの収集と分析は注意深くしたから、確かにそういうことがあるだろうと納得してくれた感じ。ユーザー(科学者)がイノベーションをする『そんな特別な事例がある』ことがわかった、という感じじゃなかったのかな」。

ここからエリックのさらなる探究が始まる。科学機器だけでなく生産用装置などでもユーザーがイノベーションを行っていることを体系的にデータ収集し明らかにしていったのだ。

そして次のような問いを立てた。どうしてほとんどのイノベーションをメーカーがしている業界もあればユーザーがしている業界もあるのか。その差を説明するものは何なのか? と。「イノベーションから期待できる便益の大きさ」という経済学的説明が当時の彼の答えだった。イノベーションを行えばその革新的器具を使って自分が取り組みたい、誰もしたことのない実験に取り組める。そんな場合のように、ユーザーにとっての便益が大きいとき、ユーザーがイノベーションを行う。そう考えたのだ。

また彼はどういうユーザーがイノベーションを行うかについても明らかにした。それが本連載で紹介したリード・ユーザーだ。イノベーションを行ったユーザーのデータを整理していて、一般ユーザーのニーズを先取りし、そのニーズを満足させるためにイノベーションを行うリード・ユーザーの存在に気づいたのだ。

こうした一連の発見物を整理し、1冊の本の形にまとめたのが『イノベーションの源泉』(88年)だった。これらの業績が認められエリックはMITの終身雇用資格を獲得する。

ただし、この分野が多くの研究者を魅了するようになるにはその後10年以上待たなければならなかった。その展開については次回お話しすることにしよう。

(図版作成=平良 徹)
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