国際法上の「国家」から逸脱している

そもそも難しいのは、国際法上の「国家」は、基本的に性善説に立っているのではないかと思われる点です。「国家は国際法を守る」という前提に立っていて、中国のように国際法を勝手に都合よく解釈する国があることはあまり想定していないと思うのです。

その象徴が九段線です。一応、国連海洋法条約では12カイリが領海、200カイリが排他的経済水域、それ以外は公海、と決まっています。しかし中国はそれを全く無視して勝手に線を引き、南シナ海のほぼ全域を「中国の“領海”」であると主張しています。

さらに中国はフィリピンとの間で争っていた南シナ海の島の領有権問題で、国連の国際司法裁判所による仲裁裁判で「中国の言い分に根拠なし」とされたにもかかわらず、裁定を「紙くず」と呼んで拒絶する姿勢をあらわにしています。

こういう国を相手にしなければならないのですから、これは大変です。ただ、尖閣沖の中国船対処が増え始めた2012年以来、現在まで、海上保安庁は尖閣周辺で一度たりとも中国に後れを取ったことはありません。

厳しい状況があることは確かです。2012年に尖閣を国有化した際には中国の海警は40隻程度で、海保は51隻と数の上でも上回っていたんですが、今や、海保が20隻増えて71隻なった一方、中国海警は実に157隻にまで増えている。

ただ中国側は東シナ海だけではなく、南シナ海でも進出して各国と摩擦を起こしていますから、勢力が分散されている。東シナ海で海保が優位でいられる理由の一つです。

重要度が増す近隣諸国との連携

――その中で、海保はアジア各国のコーストガードとの連携も強化しているとか。

【奥島】そうです。中国が伸長する一方、各国は限られた予算や国力の中で、紛争に発展しないようにどう海の権益を守るかを考えなければなりません。

奥島高弘『知られざる海上保安庁 安全保障最前線』(ワニブックス)

軍事組織となると衝突すれば有事に発展しかねない。それを避けるためのバッファ(緩衝材)として、海上保安庁のような組織を持ち、育てたいという国は多いのです。そこで日本の海上保安庁に学びたい、と考えた国からの、キャパシティ・ビルディング(能力向上支援)の要請が非常に多くなりました。

海保としても積極的に各国へ「キャパビル」専門のチームを派遣して、支援を行っています。現場で顔を合わせて活動を一緒に行うことで、意思疎通も格段にできるようになりますし、現場の知恵も共有できるようになります。

政治・外交の場面では必ずしも国同士の関係が良くない時期であっても、現場では連携できることもあり、ある面では外交の下支えができているともいえるでしょう。

海上保安庁は6カ国が参加する北太平洋海上保安フォーラム(NPCGF)や22カ国、1地域が参加するアジア海上保安機関長官級会合(HACGM)を主導しているほか、2023年には3回目となる世界海上保安機関長官級会合(CGGS)を開催し、全ての大陸から96の海上保安機関等の参加を得ました。地域の枠組みを超えた世界の取組を行っているのは海上保安庁だけです。

こうした取り組みをはじめ、海保は日本の国家戦略でもある「自由で開かれたインド太平洋」構想(FOIP)の一端も担っています。こうした海上保安庁の取り組みをもっと多くの人に知ってもらいたいですね。

(インタビュー・構成=梶原麻衣子)
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