いま進んでいる「パラダイムシフト」の正体

しかし、ではどのようにして、彼らは市場に新たな問題を生成したのでしょうか。答えは「あたかも哲学者やアーティストのように、社会を批判的=クリティカルに眺め、考えることによって」です。

彼らは、それまで誰もが「当たり前だろう」「まあ仕方ないよね」の一言で済ましてきた様々な社会の事象や習慣や常識を批判的に考察し、現状の延長線とは異なる別の社会のあり方を提示することで、市場に新たな問題を生成したのです。

普遍的・古典的な理論では説明のつかない現象が増えているという状況は「パラダイムの転換」が近いことを示しています。パラダイムシフトという概念を初めて提唱した科学史家のトーマス・クーンは、パラダイムシフトが起きるシークエンスには一定のパターンがあり、特にその初期段階では、それまで普遍的な説明力があると認められていた旧来のパラダイムでは説明のつかない現象やデータが増加する、と指摘しています。

このトーマス・クーンによる指摘を踏まえれば、古典的な経営学やマーケティングのパラダイムでは説明のつかない成功事例の頻出は、いま、私たちの社会において大きなパラダイムシフトが進行している証左と考えることができます。

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顧客は欲求を満たす対象ではなく、批判の対象になる

では、ビジネスにおける古典的なパラダイム……つまり、顧客の既存の価値観にフィットする便益を競合企業よりも効率的に提供することで売上・利益の極大化を図るというパラダイムが転換する先にある、新しいパラダイムとは何なのでしょうか?

それが、拙書で提示する「クリティカル・ビジネス・パラダイム」ということになります。クリティカル・ビジネス・パラダイムにおいて、企業の活動は社会運動・社会批評としての側面を強く持つことになります。クリティカル・ビジネスの実践者は、社会で見過ごされている不正義や不均衡を批判し、改善するための行動を起こすことによって価値を創造します。

また、クリティカル・ビジネスのパラダイムにおいては、顧客をはじめとしたステークホルダーの位置付けや役割もまた、従来のパラダイムとは大きく異なることになります。

クリティカル・ビジネスのパラダイムにおいては、顧客は欲求を満たす対象ではなく、むしろ批判・啓蒙の対象となり、ステークホルダーは経済取引の対象ではなく、社会運動を一緒に担うアクティヴィストという位置付けになります。

要するに、この新しいパラダイムでは、企業は、従来のパラダイムとは全く異なる価値観、優先順位、思考・行動様式、ステークホルダーの捉え方、プロセス、実行論によって運営されることになる、ということです。