危機を起こして勢力圏を確定する

第二に、台湾が相変わらず次の危機の焦点になる可能性が高い、ということだ。

上述したフレイヴェルの研究書でも、中国は主に漢民族が支配的な地域では、たとえ力の強い外国であっても躊躇なく戦争や危機を起こしてきている事実を(中ソ国境紛争や中印戦争、中越戦争など)指摘しているが、台湾がまさにここに当てはまる事実は変わらない。

さらに心配なのは、今の中国が危機(フレイヴェル式に言えば威嚇)を求めているように見えることだ。

これは一部の中国専門家も解説しているように、最近の北京の戦略家たちは「北京とワシントンが腰を落ち着けて共存の条件について本格的に交渉する前に、1962年のキューバ・ミサイル危機のような行き詰まりを迎える必要があると確信している」とも指摘している。

2023年には南シナ海や台湾海峡周辺における米中軍の何件かのニアミス案件や、米中の政府高官同士の対話が一時的に途絶えていたことを考えれば、この「危機を起こして勢力圏を確定する」ことを北京側が狙っていると考えていたとしても不思議ではない。

アメリカ大統領選のまえに日本がやるべきこと

第三に、フレイヴェル論文の主張が正しく、中国は経済が落ち込んでも外国をスケープゴートとして危機や戦争を起こさなかったとしても、それはその相手となるアメリカや日本、フィリピンや韓国の状況にも左右される、という見逃されがちな事実だ。

危機や紛争のような戦略的な状況というのは、基本的には二者関係によってつくられる相互作用である。たとえ中国が陽動戦争を起こさなくても、たとえばアメリカが選挙の争点として中国との危機を利用しないとも限らない。

奥山真司『新しい戦争の時代の戦略的思考』(飛鳥新社)

陽動戦争の研究では独裁国よりも民主国の方で行われやすいという傾向があると指摘する研究者もいることを考えれば(christopher Gelp「Democratic Diversions: Governmental Structure and the Externalization of Domestic Conflict[民主主義の転換:政府構造と国内紛争の外部化]」)、米中間の危機そのものは「低い」とは言い切れないだろう。

結論として、中国はフレイヴェルの言うように国内問題から国民の目をそらすために危機をエスカレートする可能性は確かに少ないのかもしれないが、それでも危機が起こりうるような状況は構造的にまったく解消していない。

2024年11月にアメリカの大統領選挙を控える中で、日本に求められるのは、北京を大きく刺激することなく着々と情報収集につとめ、抑止力となる防衛力の整備を進めることであろう。

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