巣に触ったら、大型の働きアリに怒られた

その音の大きさだが、ハキリアリの大型ワーカー(体の大きい働きアリ)であれば、つまんで耳に近づけると「ギーギー」という声を聞きとることができる。いや、もっと大型の個体だと巣を崩すと怒って、ギャーギャー言いながら出てくるので、耳に近づけなくても聞こえる。

1993年に初めてハキリアリの巣を触った時、興奮した大型ワーカーからものすごく怒られて、びっくりしたことを覚えている。そう、多くのアリ研究者はもともとアリが音を出すことは知っていたのだ。

ただ、聞き取れるのは個体サイズが大きいからで、中型ワーカー以下が発する音を、人間の耳で感知することはできない。そのため、僕たちは独自で開発した高性能な録音装置を使って音声を集めている。

写真=iStock.com/FrankRamspott
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音声を聴く構造はいまだ謎に包まれたまま

一方、アリがどこで音声を聴いているのかというと、意外なことにきちんと調べた報告は非常に少ない。一応、専門書には脚の節にある器官と触角にあって刺激を受容する「ジョンストン器官」で音を察知していると記述されている。しかし、なんとイラストしかなくて、きちんとした構造の解析は21世紀になっても1例しか行われていない。

聴覚の受容器官の場所や構造は昆虫によって異なる。蚊やハエ、ミツバチは触角にあるジョンストン器官で音の刺激を受け取っているし、カマキリは腹部の脚の付け根にある聴覚器官で聴いている。コオロギは脚に鼓膜を持ち、空気振動を増幅して聴覚細胞に信号を送り込んで知覚していて、人間の可聴領域よりも幅広い周波数を感知することができる。

進化的な起源はヒト・哺乳類とはまったく異なるのだが、聴覚の機構や構造は非常によく似ており、「収斂しゅうれん」現象の教科書的な事例と言える。

このコオロギの研究は、僕の共同研究者である北海道大学の西野浩史博士が行ったものだ。西野博士は昆虫の「耳」研究のプロフェッショナル。なんとコオロギの聴覚器官を脚からズルズルと引き抜くという神技を駆使したり、免疫染色技術で世界で誰も見つけてない昆虫の微細な聴覚細胞の構造を解析したりするすごい研究者だ。