アリ語で寝言を言うほど音声データを研究した
僕はこの30年以上、キノコアリの農業――菌食行動の進化や生態などの研究を行ってきた。そして、2012年9月。おしゃべりなハキリアリの巣を前にして、「キノコアリたちを使えば、音声コミュニケーションと進化、社会の複雑性との関係をも明らかにすることができる!」と確信した。
とてつもなく面白い研究テーマを見つけ、僕のワクワクはとまらなかった。
以来、僕は「キノコアリの音声コミュニケーション」を主要な研究テーマに位置づけ、パナマの熱帯林の中で蚊やダニにまみれながら音声を採取し、夜な夜な音声データを分類し、アリ語で寝言を言って娘にドン引きされ、さまざまなアプローチから実験を行ってきた。
この音声コミュニケーションの研究について、前著『アリ語で寝言を言いました』(扶桑社新書)では、論文執筆中で紹介できる部分が限られていた。3年たった今も実は論文がアクセプト(雑誌への掲載を認められること)されていないので、データの深い部分までは紹介できない。が、できるだけ前回よりは詳しく説明してみたい。
腹柄節と腹部をこすり合わせて音を出す
アリがしゃべるといっても、口から声を発しているわけではない。アリの発音器官は「腹柄節」と腹部にある。腹柄節というのは、アリの胸部と腹部の間にある小さな節のこと。昆虫の中で腹柄節を持つのはアリだけで、アリは腹柄節を手にしたことで腹部の可動域が広がり、狭い土中でも自在に動けるようになった。
アリなら必ず腹柄節がある。その数は一つもしくは二つである。二つ持っているほうがより複雑な構造となり、機能も多様になる。
その腹柄節の一部が弧状の薄いヘラのような構造になっていて、一方、腹部の第一節に洗濯板のようなスリット構造があって摩擦器になっている。これらをこすり合わせることで、カリカリカリ、キュキュキュといった音を出しているのだ。