まばたきは研究者にとって“邪魔者”だった

――そもそも、なぜ顔についての研究を始めたのでしょうか。

きっかけは大学の卒論のために、「まばたき」についての研究を始めたことでした。

まばたきは、眼球湿潤がんきゅうしつじゅんのため、つまり目の表面を潤すためにするのだと、昔から言われてきました。もちろんまばたきをすると涙腺から涙が分泌されるので、眼球湿潤の効果はあります。ただし、そのためだけであれば、もっと規則的に発生してもいい。ところが、実際にはまばたきはわりとランダムに発生することがわかっていました。

私はもともと、ストレスなどと、人間の生理行動との関係を研究していました。たとえば心拍や呼吸は、機能が明確です。ところが、まばたきはよくわからない。さらに、どんな機能を持っているのかよくわからない、ということ自体もあまり知られていませんでした。その事実に気づき、まばたきに興味を持ったのです。

そもそも、研究者にとってまばたきは、目や脳の観察のための実験では“邪魔者”扱いされる存在でした。まばたきをすると脳に予期しない電位などが発生して、アーティファクト(データの誤りや歪み)が出てしまう。なので、観察対象にいかにまばたきをさせずに実験を行うかが、われわれ研究者の課題でもありました。でもそんな“邪魔者”が実はとっても興味深い存在でもあったわけです。

まばたきは「出来事の切れ目」でも行われていた

――どのようにして、眼球湿潤ではないまばたきの機能を調べたのでしょうか。

注目したのが、まばたきをするタイミングです。もしまばたきが何らかの情報処理と関連して発生しているのであれば、同じ映像を見ているとき、自然に同じ場所でまばたきをするのではないか、という予測をたてました。これを検証するために『Mr.Bean』というイギリスのコメディー映画を見ているときに、人々がいつまばたきをしているかを調べる実験を行いました。

すると、同じ映画を見ているとき、人々のまばたきのタイミングが0.2秒以内の精度で同期していることが明らかになりました。ミスター・ビーンが「車を降りる」「画面から姿を消す」、あるいは「同じシーンが繰り返される」など、被験者が目の前に映し出されたストーリーから“暗黙裡の句読点”を読み取ったときに、ほぼ一斉にまばたきが起こっていたのです。一方で、美しい景色を淡々と映し続ける映像や、ストーリーがあっても音声を聞くだけでは、まばたきのシンクロは起きませんでした。

つまり、私たちは、無意識に環境の中から出来事のまとまりを見つけ、その切れ目で選択的にまばたきをしているのです。そして、そのタイミングが人々の間で自然と共通しているというわけです。

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