子ども嫌いな母親
山口さんにとって、幼い頃の母親との忘れられない記憶がいくつかある。
ひとつは、母親と2人で歩いていたときの記憶。近所の人に「お嬢さん?」と声をかけられると、母親は必ずこう言って高らかに笑った。
「はい、下の娘です。お兄ちゃんは頭がいいんですけどね、この子はバカなんですよ〜! オーッホッホ!」
山口さんの兄は、幼い頃から冷静沈着で頭の回転が早かった。しかし特別山口さんが劣っていたわけではない。
2つめは、山口さんが小児喘息を発症し、苦しかった頃の記憶。夜中に咳をしてつらそうにしていると、父親は山口さんをとても心配してくれた。
「ちゃんと咳止めは飲ませたのか?」「寒いんじゃないのか?」と何度も母親に声をかけるため、母親は山口さんに言った。
「あんたが咳をすると、私がお父さんに怒られるんだよ!」
「“兄は頭が良くて妹はバカ”って、聞かれてもいないのに言う必要ありますか? おかげで私は小学1年生くらいの頃から自分はバカなんだと思い込まされていました。また、私が咳をすると父に怒られると言われ、幼い私は、『かわいそうなお母さん。私のせいでごめんね……』と思い、その日から枕で口を押え、父に聞こえないように咳をするようになりました」
当時の山口さんの実家は、自宅兼化粧品店だった。小学校に上がった山口さんは、母親がいる化粧品店側から帰宅するようになる。そのため山口さんは、母親とお客さんの会話をよく聞いていた。
ある日山口さんが帰宅すると、「私、子どもが嫌いなんですよね〜」と母親が笑いながら話している。
お客さんは、「お子さんの前でそんなこと言わなくても……」と気を使ってくれたが、母親は平然と、「あ〜、大丈夫。この子には父親がいるから〜!」と言って笑い飛ばした。
「当時はショックでしたね。『お母さん、私のこと嫌いなんだ……。これ以上お母さんに嫌われないように、もっと良い子にならなきゃ!』と思った私は、母の機嫌をとるすべばかりを身に付けていきました」