GHQは女性の意志による売春は禁止せず米兵の買春を黙認

田中絹代、高杉早苗の演技が評判を呼び、たちまち大ヒットとなった。占領下時代、映画はすべてシナリオの段階からGHQ民間情報教育局(CIE)の検閲を受けたが、この映画は売春・性病の問題を国民に広く認識させるためにとくにGHQが製作から“指導”し、推奨したのである。

ストーリーは戦争未亡人となり、子どもも亡くしたヒロインが「食べるため、世の中や男たちへの復讐のため」に娼婦になり、やがて性病に罹り、更生施設に入って改心するというもの。やや道徳じみてはいるが、溝口健二の演出と田中絹代の演技が光る。舞台は敗戦直後の大阪で、難波や心斎橋、天王寺あたりでロケされ、まだ空襲の跡も生々しい場面も出てくる。映画のシーンにはダンスホールでブギの歌が流れ、47年に笠置が歌ってヒットした「セコハン娘」を高杉早苗が歌う場面があって、女性たちのせつなさが漂う。

「笠置シヅ子の世界 〜東京ブギウギ〜」笠置シヅ子「セコハン娘」℗ Nippon Columbia Co., Ltd./NIPPONOPHONE

日劇での笠置のステージに街娼たちが毎日駆けつけた

ブギのリズムは元来、黒人ジャズやブルースの流れをくみ、逆境の中でも世を恨まず、強く明るく生き抜こうという希望を与えるものだ。だが何より“ブギの女王”が“夜の女”たちの心を捉えたのは、未亡人となった笠置シヅ子が乳飲み子を抱えて懸命に歌い踊る姿に、同性として心打たれたからだ。彼女たちは、苦しさを顔に表さずに舞台で明るく力強く歌い踊る笠置シヅ子に、生きる希望を投影していた。日劇のステージのかぶりつきに、花束を持ち、目を輝かせた彼女たちの姿を見ない日はなかったと、服部良一は証言している。

笠置もまた彼女たちの境遇を決して他人事とは思えず、わが身を重ねていた。

「私が未亡人で子どもを抱えながら歌っていることに共感するものがあるのでしょう。それに自分のように声を出し切って歌うことに、あの人たちは自分に代わって叫んでくれているのだと思うのではないでしょうか」(『婦人公論』1966年8月号「ブギウギから20年」)