アメリカがライオン、中国が虎なら、日本は猫ぐらいの存在だ

【池上】分相応に、“身の丈”に合ったことをしていなさい、と。

【佐藤】ここで重要なのは、この話が作られた頃、日本から世界がどう見えていたのか、ということです。当時の世界像というのは、天竺・インド、震旦・中国、そして本朝・日本という3世界でした。天竺は字の通り天にある。震旦はお隣の巨大帝国。それらに比して、本朝はまことに小さな存在でしかありませんでした。

【池上】だから、虎も日本に来たら猫にならざるを得ない。

【佐藤】時代は下り、日本は世界に冠たる経済成長を果たしました。アメリカがアフリカライオンなら、自分たちはインドライオンぐらいの気分でいたのです。けれど、何のことはない、現実は「3世界」に戻りつつあるのです。

池上彰・佐藤優『人生に効く寓話』(中公新書ラクレ)

【池上】実際、GDPではインドにも迫られています。

【佐藤】ですから、アメリカがライオンで、中国やロシアが虎ならば、我々は猫ぐらいの存在なんだということをちゃんと自覚する。これは大事なことだと思うのです。

【池上】まあ、多くの人は、バブル崩壊後の日本の地位低下に気づいていて、だからこそ「日本礼賛」の書物やテレビ番組などが受けるのかもしれませんが。

【佐藤】最近の日本人が「猫の草紙」をあまり知らないというのは、一時期まで右肩上がりの夢が見られたからかもしれません。頑張れば成長できる時代に、「お互いに自分の生まれついた身分に満足して」という思想は馴染みませんから。ただ、とりあえずは幻想を捨て、繰り返しになりますが、自らは猫であることを自覚する。

まるで日本軍のような「若い鼠たち」の言葉

【池上】そうしないと、「巻き返し」もできませんから。

ところで、猫を放し飼いにされ、和尚さんへの嘆願もかなわなかった鼠たちは、いったん都落ちして田舎に逃げ延びる準備を始める中、若い鼠たちの言葉で、猫との戦いを決意します。

「まあ待って下さい。われわれはただの一度も戦争らしい戦争をしないで、むざむざ都を敵に明け渡して田舎へ逃げるというのは、いかにもふがいない話ではありませんか。それでは命だけはぶじに助かっても、この後長く獣仲間の笑われものになって、まんぞくなつきあいもできなくなります。そんなはずかしい目にあうよりも、のるか、そるか、ここでいちばん死にもの狂いに猫と戦って、うまく勝てば、もうこれからは世の中に何もこわいものはない、天井裏だろうが、台所だろうが、壁の隅だろうが、天下はれてわれわれの領分になるし、負けたら潔くまくらを並べて死ぬばかりです。」

(同前)

【池上】彼我の実力差を認識しながら敵陣に突っ込んでいくというのは、まるで日本軍。

【佐藤】撃ちてし止まん。

【池上】昨今の状況を見ていると、日本は猫どころか、鼠になりかかっているように感じるのは、気のせいでしょうか。

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