トレハン医師は、ヒマラヤ山脈に位置し比較的空気が清浄なヒマーチャル・プラデーシュ州出身の55歳住民と、デリー出身の52歳住民の肺を比較した。「彼らの肺の色の違いに、ショックを受けました」とトレハン医師は語る。ヒマーチャル・プラデーシュ州の住民の肺がきれいなピンク色をしていた一方で、デリーの住民の肺は公害によって黒く染まっていたという。
呼吸器内科の上級コンサルタントであるヴィカス・マウリヤ医師は、タイムズ・オブ・インディア紙の取材に応じ、デリーの公害がもたらす危険性を強調した。ここまでに深刻な大気汚染は、粘膜の炎症や長期的な肺障害を引き起こすおそれがあり、サイレント・キラーとして人体に害を及ぼすとマウリヤ医師は説明している。
一部のディーゼル車を禁止しても効果なし
デリーでは冬場になると毎年のように大気汚染がとくに深刻化しており、不安は市民に広がる。地方からニューデリーに移住し、三輪タクシーのドライバーとして家族を養う30歳男性は、「タバコを(毎日)20本から25本ほど吸っているかのようだ」と大気汚染のひどさを例えた。
濃いスモッグが街を包むなか、政府は緊急対策として学校を閉鎖し、特定のディーゼル車の走行を一時的に禁止した。原因のひとつを目される建設現場での労働も停止されている。だが、ニューヨーク・タイムズ紙は、こうした対策は市内に住む人々にほとんど役立っていないと指摘する。前掲の三輪タクシードライバーは同紙に対し、一日の仕事を終える頃には「有毒な煙が胸の中に入ってくるようだ」と感覚を語った。
大気汚染が平均寿命を10年押し下げる
実際のところ、喫煙と同程度の悪影響があるとの指摘も出ている。医師が健康被害を警告した。ヒンドゥスタン・タイムズ紙によると、メダンタ病院のアルビンド・クマール医師は、1日に25~30本のタバコを吸うのと同等の健康被害が生じると医学的見地から警告を発している。
「胎児から高齢者まで……あらゆる年齢層が大気汚染の悪影響を受けます」と述べている。とくに妊婦の場合、有害物質が母親の血流を通じて胎児に到達し、早産やその他の合併症を引き起こすなどのリスクがある、とクマール医師は強調している。
デリーでは大気汚染によって寿命が平均で10年近く縮んでいるおそれがあるという。BBCは、米シカゴ大学エネルギー政策研究所の調査結果を報じている。研究によると大気汚染により、インド全体では平均寿命が5年縮んでいると考えられるという。インド北部に限れば、5億1000万人が平均7.6年の寿命を失っていると推算されている。さらに、そのなかでもニューデリーに限定すると、失われている平均寿命は約10年にも達すると研究は結論付けている。
危険レベルの空気になった原因
ニューデリーの大気汚染は、複合的な要因によって発生している。気温が低下したこと、風がほとんど吹かないこと、そして近隣地域での伝統的な農作業が組み合わさり、大気汚染物質の急増を招いた。