南硫黄島は、本州から南に約1200kmに位置する無人島だ。この島は過去に人が定住したことがなく、原生の生態系が残る。一方、その地形の厳しさから、これまでに調査は1936年、1982年、2007年、2017年の4回しか実施されたことがない。このうち2回の調査隊に参加した鳥類学者の川上和人さんの新著『無人島、研究と冒険、半分半分。』(東京書籍)より、一部を紹介しよう――。
南硫黄島(写真=Karakara~jawiki/CC-BY-SA-3.0-migrated-with-disclaimers/Wikimedia Commons)
南硫黄島(写真=Karakara~jawiki/CC-BY-SA-3.0-migrated-with-disclaimers/Wikimedia Commons

本州から南に約1200kmに位置する孤島

本書では、私がゆかいな仲間たちとともに南硫黄島という無人島で行った調査と研究について紹介したい。南硫黄島は本州から南に約1200kmの位置にある絶海の孤島だ。行政的には東京都小笠原村に属している。

この島は過去に人が定住したことがなく、人為的な撹乱を受けていない。このため、原生の生態系が維持されており、これを保全するため調査研究といえどもみだりに立ち入ることが制限されている。こんな場所は日本には他に存在しない。

この島の自然が保存されてきた背景にはとても合理的な理由がある。人類はこの島の自然を守ったのではなく、どちらかというと手が出せなかったのだ。

南硫黄島は半径約1km、標高約1kmの小島である。これは平均傾斜45度の急勾配の島ということを意味する。45度は四捨五入すると50度である。50度は四捨五入すると100度である。100度といったらすでに垂直を超えており、この島の地形の厳しさを如実に示している。さらに、島の周囲は数百mの崖で囲まれた天然の要塞ようさいとなっている。この圧倒的な障壁が外部からの侵入を許さなかった。

原生の生態系の姿が残る貴重な調査地

世の中のアプローチしやすい場所では、たいがい調査が進んでいるものだ。だからこそ、近づきがたい高嶺の花的な場所には未知の要素が多く残されており、研究対象として高い価値を持っている。

日本の島の多くは過去に人間の影響を受けており、手付かずの自然が残る場所はほとんどない。半径1000km以内に他の陸地が存在しない南鳥島でさえ、過去には海鳥の捕獲のために多くの人が入植したため、往時の生態系は破壊的影響を受けている。人為的な撹乱のない原生の生態系の姿を残す南硫黄島は、極めて貴重な調査地なのである。南硫黄島はその地形の厳しさのおかげで、山頂を含む調査はこれまでに1936年、1982年、2007年、2017年の4回しか実施されたことがない。

私は4回の調査隊のうち2007年と2017年の2回に参加した。これらは東京都が中心となって実施された自然環境調査だ。本書ではその経験に基づき、学術論文に書かれることのない調査の実態について紹介したい。