言語には解明されていない謎ばかり

【津田】たとえば?

【松岡】たとえば、民族や部族によって言語(母語など)が異なっていったのはなぜかということ、「バベルの塔」はなぜ崩壊したのかということですね。またたとえば、音声と文字の関係はどのように対応したのかということ、これも難問です。ここには表意文字と表音文字の違い、書き言葉(文語)と話し言葉(口語)の分かれ方、方言やクレオールの多様性のこと、喃語の役割、オノマトペイアの効用、バズワードの流行などが入ります。

どのように言葉は鎖のように長く喋れたり、文章がつくれるようになったのかということもある。アーティキュレーション(分節)や関係詞や代名詞や句読点はどのようにできて、何のために形成されたのかということも、まだ十分にはわかっていない。

ギュスターブ・ドレが描いたバベルの塔(写真=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

【津田】解明されていないんですか。

【松岡】いろいろ仮説はありますが、統合理論は皆無です。言語学はとてもおもしろい研究分野ですが、おおむね閉じていて、他の分野との連動や掛け合わせを大胆に試みません。言語っぽいものとノンバーバル・コミュニケーションの関連についても、言語学のほうからはめったに言及しない。

むしろ鳥のさえずりを研究している動物学者や「刷り込み」を研究しているエソロジストが言葉のことを考える。たとえば、分子生物学が解いてみせた遺伝子の文法がありますね。二重螺旋やコドンの活用や始発と終点の指示などで説明ができていますが、あのしくみは自然言語のしくみとはほとんど類縁性がない。けれどもあれは「生体系の言語学」ですよね。しかし言語学では、そうは考えられていません。

言語が変化しても、言語学は変わらない

【松岡】これはぼくがときどき気になっていることですが、分子生物学のほうも文法的には解いていない。次から次へと新しい機能を発見して、それを別々の分子や機能用語にしている。イントロン、染色体のテロメア、メッセンジャーRNA、トランスファーRNA、ALDH2遺伝子というふうにね。

これは言語学でいえば次々に品詞をふやして説明しているようなもので、遺伝子言語学とはいうものの、そうはなっていませんね。けれども生体情報のしくみにはそうはならないところがあるんだと考えれば、従来の言語学のほうが考え方を改めて、これまでの分類や文法学に手を入れてもいいはずなんですが、そういうこともおこりません。

というようなわけで、いろいろ問題は山積しているのですが、21世紀の言語文化のための座標はぐちゃぐちゃなままだということです。

【津田】松岡さんはぐちゃぐちゃじゃないでしょう?

【松岡】ぐにゃぐにゃです(笑)。

【津田】そうですか?

【松岡】行ったり来たり。