40~60代女性の乳がん検診受診率は47.4%
では、現在の日本において、乳がん検診の受診率はどの程度なのでしょうか。2019年の国民生活基礎調査では、40歳から69歳の女性における乳がん検診の受診率は47.4%と報告されています。2010年の受診率は39.1%だったので、徐々に上昇しており、定着してきたと言えるでしょう。一方で、依然として半数以上の女性が乳がん検診を受診しておらず、いっそうの改善が必要な状況です。
また、乳がん検診の受診率は、地域差が大きいことも看過できません。例えば、筆者が診療に従事する福島県沿岸部のいわき市では、対策型乳がん検診の受診率が20%未満にとどまっています。
ではなぜ受診率が低いのでしょうか、また、どうすれば受診率が上昇するのでしょうか。
これらの課題を、心理学や行動経済学の観点から調査した興味深い研究がありますので、ご紹介します。一連の調査は、2010年前後に、厚生労働科学研究費補助金「受診率向上につながるがん検診の在り方や、普及啓発の方法の開発等に関する研究」班によって実施されました。
「がんへの恐怖心」は高いとは限らない
まず、研究グループは、641人の女性を対象にアンケートを実施しました。その結果、受診率が低い方々の特徴として、がんに対する恐怖心が乏しいこと、また、検診受診のための具体的な実施計画がないことの2点を明らかにしています。意外に思われるかもしれませんが、過去の研究で、がんのリスクが高いような方々の中においても、がんへの恐怖心が必ずしも高くないことが指摘されています。その理由は様々でしょうが、おそらく自分に限ってはならないだろうといった「正常性バイアス」も一因となっている可能性があります。
その上で、研究グループは、女性は、がんに恐怖心を感じ、その後、徐々に検診の受診を考えるようになるという心理モデルを提案しました。さらに、彼らは、女性を、A)がんに対する恐怖心もなく、検診受診意図もないグループ、B)がんに対する恐怖心はあるが、検診受診意図はないグループ、C)検診受診意図があるグループの3つに分けて、それぞれのグループの心理面に配慮したような検診案内文を作成しました。その結果、通常通りの検診案内文を受けとったグループの受診率は5.8%だったにもかかわらず、テーラーメードの紹介文を受けとったグループにおいては、受診率が19.9%まで上昇したのです。
もちろんテーラーメードの文面をもってしても、受診率は依然として低く、この文面だけで問題が全て解決するわけではないことが示されています。人々の足が検診に向かない理由はきっと様々でしょうが、もしご家族や友人に乳がん検診を受けるか悩んでいる方がいらしたら、その想いを受け止めつつ、そっと背中を押していただきたく思います。