妻の存在が色濃く残る男性に、嫁ぎたいとは思えない

「ひろこさんは、最近婚活を始めたんですよね」

沈黙を打ち破るように眞一郎さんが口を開く。

「はい、先月から」と私はうなずき、「いつ頃から婚活を?」と問い返した。

「3年前ですね」

彼の答えに驚き、思わず「そんなに前から?」と言ってしまう。眞一郎さんが苦笑いする。

「そうですね、もう3年も経ってしまって。コロナで婚活パーティがない時期もありましたし……」

続いて3年前に離婚したこと、一人娘は妻が引き取り、その直後から婚活を始めたこと、妻がゴルフ好きなので一緒に出かけていたことなどを話してくれた。しかし聞いていて、気になることがあった。「妻が娘を引き取って」「妻が好きだったゴルフ」というフレーズである。「妻」ではなく「元妻」だろう。それほど妻の存在が色濃く残る男性に、嫁ぎたいとは思えない。私が視線を落としてうなずきながら聞いていると、深刻に捉えていると思ったのか、

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「いやでも、全然落ち込んでないですから」と眞一郎さんが慌てたように言う。

「離婚は別に。早く再婚したいと思っていて。実家が埼玉にあって……」

現実的な話ばかりで、まったくドキドキしない

次は実家にいるご両親の話。眞一郎さんが58歳だから、ご両親はもう80歳を超えているが健在という。「でも近くにいる妹が両親を見ていますから」と言い、介護は必要ないというアピールを感じた。続いて、私の実家や兄弟構成を聞かれる。

聞かれたことにきちんと答えていけば、結婚に向かっていけるのかもしれない。でも何というか、現実的な話ばかりで、まったくドキドキしないのだ。いや、「結婚」にドキドキは必要ないのか……。自問自答しながら、婚活を始める前に好きだった人が、実家の話をしてくれたことを思い出した。好きな人がしてくれる話はどんなことでも聞いていて楽しい。けれども、眞一郎さんの話は何を聞いてもつまらない。結婚するというのは、ずっと一緒にいることだ。つまらないと感じる人とやはり結婚はできないと思った。

「ひろこさん、この後は?」

レアチーズケーキを食べ終わり、黙ったままの私に眞一郎さんがたずねてくる。

「仕事があるので……」

それで伝わった気がした。彼はうなずき、伝票をもつ。「払います」と私が言うと、眞一郎さんは「いやいや」と顔の前で手を振り、レジへ。支払いを済ませて店の外に出て、私が右に行こうとすると「じゃ僕はこっちなので」と左の方向を指す。「ごちそうさまでした」と私がおじぎすると、眞一郎さんは笑顔で手をふってくれた。再び申し訳ない気持ちになる。

しかしチーズケーキを食べてコーヒーを飲んでわずか30分ほどだったが、私には半日くらい一緒にいたように長く感じた。