もう顔を見たくない
月曜日の朝、6時半ごろに目を覚ました娘に授乳して再度寝かしつけ、リビングに行くと、母親が弱々しい声で「おはよう」と言った。父親は朝早くにいつもの掃き掃除に出たようだ。
母親がトイレに行きたいと言うため、春日さんが起こそうとするも、少しも身体に力が入らない様子で、「無理」と一言。慌てて夫を起こしに行き、手伝ってもらって母親をトイレに行かせると、病院に電話し、受診の時間を早めてもらう。
母親を病院へ連れて行くため、2階から降ろそうにも、母親は身体に力が入らないようで、車に乗せるのも一苦労。夫と春日さんが2人がかりで車に乗せる間、1人寝室に残された娘はわあわあ泣き、戻ってきた父親は、「おお、みんなそろってるな。朝ごはんどうする?」と昨晩のことをすっかり忘れた様子で話しかけてくる。春日さんと夫はこのとき、「お母さんはもう、家に戻ってこられないかもしれないな」と思っていた。
病院に着くと、母親は初めて、車椅子を拒否せずに乗った。医師が来るまでの間、母親は処置室で横にならせてもらう。そこで春日さんは、意を決して母親に言った。
「もうお父さんの相手するの無理じゃない? お父さんが施設もデイサービスにも行ってくれないなら、お母さんがどこかの施設に入るってのはどう? 私はお母さんにゆっくり休んでほしいの。良いところ探すし、私がお金出すから……」
すると母親は、「いいよ。……もうさ、お父さんの顔を見たくないの……」と、痛みに耐え、目をつむったまま言った。
「ショックでした。父が認知症になる前から母は、どこに行くにもついてくる父を嫌がっていましたが、なんだかんだ言っても仲が良い両親だったのに……」
その日、母親は緊急入院となった。(以下、後編へ続く)