飼育の対象はマウスではなくラット

そのような時代に、『養鼠玉のかけはし』が出版された。この書は序文の題が「養鼠訣序」、上巻が「養鼠訣上」となっており、鼠を飼育する秘訣の書というわけだ。当時一流の絵師と彫師および狂歌師が同書の制作に関与しており、鼠の飼育法が学べるとともに、絵本として楽しめるよう工夫されている。

上巻と下巻では以下のように内容が大きく異なっている。上巻は、鼠とその仲間の動物についての基本的な解説で、『本草綱目』に載っている「鼠類」だけでなくそこにはない「香鼠(麝香鼠)」を加え、「鼹(ゑん)鼠(ころもち)」と「鼩(きよ)鼱(せい)(はつかねずみ)」を『和漢三才図会』から引用している。なかなか博学である。

また、鼠は家につく害獣として「その害は少なくない」が、天下太平の時代になって人々の興味が金魚や小鳥や植物に移ると、鼠も愛玩の対象になったと言っている。作者の春帆堂主人は、白鼠を愛玩しているうちに、さまざまな奇品を作り出し、これを楽しむうちに特別な奇品も得たと誇らしげである。

飼育の対象がラットかマウスかを区別していないので明確ではないが、大きな鼠(「常の鼠」と呼ぶ)はラットと思われ、小さな鼠(「鼩鼱」は大きさ2寸〈約6センチ〉に及ばず、巣を出て20日経たった家鼠より小さいから「はつか」と呼んでいる)はマウスを指していると思われる。

愛玩の対象は「常の鼠」であったことから、飼育の対象はラットと考えてよさそうである。

鼠の飼育の秘訣

下巻では、初心者を念頭において、よい鼠の選び方や繁殖のさせ方、食べ物や飼育籠の大きさなど、飼育方法を丁寧に記述している。鼠を馴らすことについては、「特別な方法があるわけではない。鼠は元来疑い深い動物だから、食べ物を与えて覚えさせてもだめで、所詮何かの拍子でうまくいくもので、ゆっくり時間をかけて馴れさせることだ。目が明かない幼い頃から養い、ともに遊んで人に慣れさせなければ手懐けるのはむずかしい」と書いている。

そして、鼠の飼育者を「よく養うことができたら、鼠は人の言うことをわきまえ、こちらの気持ちを汲くんで使いをするようなこともできる」と励ましている。

挿絵には鼠販売店の主人が斑鼠の芸を見せる様子や、その小道具なども描かれていて、実際に人々も鼠に芸を仕込んで愛玩飼育していたことが想像できる。

また、鼠を買って帰る子どもの姿も添えられていることから、子どもたちが鼠を飼って愛玩することが流行っていたようだ。鼠を飼育することを「養鼠」、愛玩飼育している人を「養鼠家」と呼んでいたようで、この本の書き手や鼠屋の主人こそ「養鼠家」の玄人と言える。

読者には鼠飼育の初心者や子どもたちを想定していたようで、「幼い者が見やすいよう絵を交えており、これを楽しんで読むうちに飼育方法をよく考えるようになり、やがてこの書は不要になるだろう」と書いている。