もっとも、一部の理事だけで稟議書を回して決済した手続きをみると、首謀者たちは後ろめたさを共有していたことがうかがわれる。

前田執行部が暴走した背景には、12月に予定されるBSチャンネル統合で1波削減されるため、視聴者から「サービス低下」を批判されて衛星放送契約が減少しかねないことを危惧したとも言われているが、真相はまだヤブの中だ。

みずほフィナンシャルグループの会長まで務めた前田・前会長は就任早々、民間企業の手法を取り入れて強権的な人事や業務の大幅刷新を断行したが、独断専行ぶりに「局員の95%が反発している」という異常事態が、任期中の3年間続いていたという。このため、「事件」に気づいた局員も「物言えば唇寒し」と黙り込んでしまったようだ。

いずれにしても、前田執行部の明らかな失態である。

受信料を支払う国民への謝罪は後回し

ありがたくない“置き土産”を受け取った稲葉執行部も、対応のまずさが目立った。前例のない不祥事を4月初めに把握しても、直ちに公表しようとはしなかったのだ。

経営委員会への説明も、総務省への報告も、遅れに遅れた。受信料を払っている視聴者に伝えたのは、メディアが5月30日に一斉に報道してから。それも、前田浩志経営企画局長が、記者団に簡単な経緯を説明しただけだった。

既に経営委員会に説明した後の5月24日の会長会見では、まったく触れず、BS放送のネット配信について質問されても、「ネット実施基準が変わらない限り、できません。経費もかかりますし……」(井上副会長)とシレッと答えていた。

稲葉会長が、記者会見で「事件」を公式に発表したのは6月21日で、「予算や事業計画に含まれていないものを稟議に諮ることはできないにもかかわらず、手続きが進められてしまったことは不適切だった。公共放送のガバナンス上、あってはならないこと。誠に申し訳ない」と、ようやくメディアを通じ国民に向けて謝罪した。国会などの場で事実関係を認め陳謝はしていたが、遅きに失した感は否めない。

不祥事が起きても「退職金2000万円」がもらえる異常

さらに、おかしな事態が起きた。

「事件」が発生した原因やそれを踏まえた再発防止策を検討している専門委員会の報告を待たずに、稲葉会長は7月11日、前田・前会長の退職金を10%減額して約2000万円を支給すると発表したのだ。

写真=時事通信フォト
前田晃伸前会長の退職金減額を発表したNHKの稲葉延雄会長=2023年7月11日、東京都渋谷区

稟議に関与した当時の役員6人にも厳重注意し、役員報酬の一部を2カ月分自主返納することも明らかにした。伊藤浩・前専務理事は20%、山内昌彦理事が15%、正籬聡・前副会長、児玉圭司・前理事、林理恵専務理事、熊埜御堂朋子理事は、それぞれ10%だった。

NHKには、役員の処分に関するルールがないため、事実上の処分になるが、当時の役員の半数超が責任を問われる異常な事態である。