浄水器の効果を、コーヒーの美味しさに言い換えられるか
ここはまさに、ぼく自身が企業などからアドバイスを求められることが多いところなのですが、やや身近なケースでいえば、たとえば、以前、あるカフェの経営者から、「新たに導入した浄水器の精度の高さをお客さんにアピールしているのだけれど、なかなかわかってもらえない」と相談を受けたことがあります。
その浄水器をつかえば、驚くようなレベルで水から不純物を取り除くことができる。同等の機器を備えているお店はそう多くはないはずだから、そこを自店の売りとしてお客さんにアピールしたい……ということですが、その気持ちはわからないでもありません。
すばらしい機械や設備を導入すれば、たしかにそのすごさを誇りたくもなるし、お客さんにも伝えたくなるでしょう。
でも、これは「伝えたいこと」であって「伝えられたいこと」ではありません。おいしいコーヒーを楽しみたいと思ってカフェを訪れるお客さんのほとんどにとっては、残念ながら「他人ごと」である可能性が高い(コーヒーを飲もうと思っているときに、コーヒーのおいしさには興味があっても、水の不純物を取り除くこと自体にはそこまで興味がない)。
そのまま伝えても、理解はしてもらえるかもしれませんが、すぐに納得したり、共感したりしてもらえる可能性は低いでしょう。
ただ、この「伝えたいこと」を再解釈して、たとえば「ほかにはない純度の高い水のおかげで、コーヒー豆の風味をしっかりと感じることができる」のようにいい換えることができれば、事情はちがってきます。
このひとことをもとに、キャッチコピーを書いたり、ポスターをつくったりしてアピールすれば、お客さんのなかにも「自分ごと」として受けとめる人が出てきて、納得したり、共感したりしてもらいやすくなります。
つい「伝えたいこと」を伝えてしまう
ほかの例でいえば、ぼくが企画および編集を担当した、クリエイティブディレクター・水野学さんのブランディングデザインに関する本のタイトリングの際にも、同じ考え方をしています。
この本は、水野さんが慶應義塾大学で実施した講義をまとめたもので、いまではたくさんの経営者に愛読されるロングセラーとなっています。
もちろん、それはもととなっている講義が、明快かつ本質的で、とてもすばらしいものだからなのはいうまでもありません。ただ、本として「伝える」ことを考えるときには、やはりそれなりに工夫も必要です。
「伝えたいこと」は、まさに「水野さんが非公開で話したブランディングデザインの講義内容を知ることができる」。
でも、そのままでは、書籍化するにあたって主として読者になってもらいたい相手、つまりは企業の経営者をはじめとした事業にたずさわる人たちにとって「伝えられたいこと」ではありません。
そこで「伝えたいこと」を再解釈して、「自分ごと」として受けとめられるようにと工夫したのが、つぎのタイトルです。
『「売る」から、「売れる」へ。 水野学のブランディングデザイン講義』
「伝えたいこと」から「伝えられたいこと」への変換とは、こういうことです。いまはカフェと本の例でお話ししましたが、つい「伝えたいこと」ばかりを伝えてしまっていることは、さまざまなビジネスシーンにも、日々の暮らしのなかにも数多く見られます。
事業企画をプレゼンするときに、自分のこだわりばかりを熱心に語ってしまう。
商品をお客さんに紹介するときに、そこでつかわれている専門的な技術について過剰に時間をかけて説明してしまう。
力を貸してもらいたいと頼みごとをする相手に、自分がどう困っているのかということばかりを話しつづけてしまう。
家族への不満を、辛辣な言葉で本人にぶつけてしまう。
いずれも「伝えたいこと」をそのまま伝えたせいで、受け手としては納得したり、共感したりするのが難しくなっています。
誤解のないようにつけ加えますが、「伝えたいこと」が重要でないといっているのではありません。あくまで、それをそのまま伝えれば伝わるわけではない、というお話です。
自分なりに「伝えたいこと」をもつ。そのうえでそれを受け手にとっての「自分ごと」になるように変換していく。
そうすることで、受け手に伝わる伝え方ができるようになるのです。