セレブ婚を目指してアプリを始めた38歳の男性

結婚で人生ごとセレブ地区に引っ越したいのは男性も同じだ。web系のCM制作会社で働く38歳のヒデさんがアプリに登録したのは1年前。ブラックな会社を辞めたい、父の説教がうざったいので自宅を出たい、という切羽詰まったフラストレーションから脱する手段として、部屋をシェアできる相手を探し始めたという。

「家を出て同棲か結婚をするのが目標。年上の女性なら会社を辞めてもしばらくは食わしてもらえる。どうせなら横浜あたりに住みたい。55歳ぐらいになったらおしゃれなバーとか2人でやるのが夢」

経済的に余裕がある大人な年上女性と付き合って、横浜の海に近いおしゃれなエリアに(彼女の部屋に転がり込んで)引っ越したい。7人目のマッチング相手は、そんな都合がよすぎるセレブ願望を抱いてアプリに入会したペット男子系のヒデさんだ。私はセレブでも横浜市民でもないし、まったく理想とかけ離れているのだが。

とりあえず居候可能(かもしれない)な部屋に住み、職場や家のグチを説教せずに聞いてくれそうなところが気に入ったのだろう。ヒデさんはいつも自分のことで手一杯で、こちらの気持ちを汲むような余裕はなかった。

会社で仕事をうまく回せず怒られると、カフェで話していても上司の愚痴ばかりこぼす。父親と喧嘩すると、真夜中に延々とLINEをしてくる。精神的には中学生と大差ない。

コミュ力が低く、可愛げもない

私は彼の自活偏差値を測るために、質問をしてみる。

「掃除洗濯は誰がやってるの?」
「母親」
「食事は誰が作ってるの?」
「母親。作るっていってもスーパーの出来合いの惣菜が多くて。まあ、手抜きだよね」

手抜きだろうがなんだろうが、3食掃除洗濯付きでママに面倒を見てもらってるわけで、愚痴るぐらいなら自分で作れと言いたい。万一、一緒に住んだら、そのママ役を押し付けられる可能性は大だ。そしてそれ以上の懸念材料が、ヒデさんの横浜セレブ願望だ。

彼の父は90年代半ばまで横浜の繁華街で高級料亭を経営しており、業績も良かった。ヒデさんは溺愛されて贅沢に育ったが、バブル崩壊後、経営難になって閉店してしまった。父はスーパーで働き母は保険の営業に駆け回って生計を立てたという。

速水由紀子『マッチング・アプリ症候群』(朝日新書)

ヒデさんの中には横浜の一等地にあった父の店のキラキラした記憶が強く残っていて、いつかワインバーをオープンしてその頃の栄華を取り戻したいという願望がある。横浜港の海が見えるマンションに住み、高級ワインバーの経営をする。とてもすてきな夢だが、億単位の経済力と経営力が必須条件だ。年上女の稼ぎなんかに頼る時点で、到底、無理。

そのうえ、食事は奢りが当たり前でお礼さえ言わない。せめてその分、年下の可愛げがあればまだ許せるのだが、ヒデさんの場合は自分が何を考えているのか、何をしたいのか、伝えるコミュ能力が低くて、一つ一つが傲慢ごうまんに見えてしまい、フラストレーションが蓄積する。ペット系男子としてのスキルが低すぎだ。マッチングから3カ月後、基本的なコミュができないヒデさんへの苛立ちが頂点に達して、結局、別れを告げた。

横浜の人にはなれなかった。

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