職業そのものを侮辱した「運転手の分際で」という言葉

なぜこんなことを言われなければならないのかという屈辱感と不快感、さらに情けなさみたいな感情が募ってくる。

それまでは少々嫌なことを言われても運転に集中していれば、すぐに忘れてしまった。自分でも楽天的で、切り替えは早いほうだと思う。だが、この日は違った。

「終わったことだ。もう忘れて、運転に集中だ」

そう思っても、すぐにあの言葉とあのお客の顔がよみがえってくる。運転中も屈辱感に支配されて、胸が潰れそうになる。そんな状態がその日の勤務時間中ずっと続いていた。夜8時、当日の乗務が終わる。営業所に戻って帰り支度をする。そのあいだも、イライラとそのことばかりが頭の中を渦巻いている。

須畑寅夫『バスドライバーのろのろ日記』(三五館シンシャ)

「よくあることじゃないか」と自分に言い聞かせても、もうどうしようもない。家に帰る。もうしばらく妻とは一緒に夕食をとっていない。次女は家にいるが、部屋に入ったきりで、あまり顔を出さない。一人きりで夕食を済ませ、風呂に入る。風呂から出てテレビを眺めていても、心はいつのまにかお客に言われたあの言葉を反芻はんすうしている。

「考えても仕方ない」と思っても、ついつい考えてしまう。考えるたびに、心がふさいでいく。布団に潜り込む。一日の勤務で体は疲れ切っているはずなのに、頭は冴えている。思い出すのは「運転手の分際で」というあの言葉だ。それは、私ひとりだけではなく、バスドライバーという職業そのものへの侮辱だろう。

営業所の同僚たちの顔、佐山所長、そして営業所を去った清原や神谷たちの顔までもが浮かんでくる。私はなぜ、あの言葉にこれほど囚われてしまう(*7)のか……。眠れないまま、明け方まで悶々と考え続けるのだった。

(*7)これほど囚われてしまう:人間とは不思議なもので、それでも数日もするうちにだんだんと傷は癒えていき、業務中にくよくよと考えることもなくなった。それでもあのときの言葉は今も私の心の中に刻み付けられているし、一生消えないだろう。こういう経験をすると、自分はこんなふうに誰かを傷つけることはしたくないと思うのだった。

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