「利益を上げるか、社会貢献か」松下幸之助さんの答え
――パナソニックの創業者、松下幸之助さんは蛇口をひねれば水が出る水道のように潤沢に家電製品を供給することが社会を豊かにするという「水道理論」を唱えましたが、あれもある種のアウフヘーベンですよね。
【村井】そうですね。幸之助さんが松下電器産業を発展させた頃に、企業の目的は利益を上げることなのか、社会に貢献することなのかという意見対立があったようです。どちらに重きを置くかは、そのレベルによって今でも議論があります。
幸之助さんは家電製品で日本に貢献しているのだから、事業であがった利益は社会貢献の証なんだ、とおっしゃいました。その証を使ってさらに製品を開発したり、社会に貢献したりしていくことが天の声なんだと。要は利益をあげることも社会貢献もどっちも大事なんだと。これをわかりやすく説明したのが幸之助さんだと私は思っています。
――コロナ対策以外でも意見がぶつかる場面はあったと思います。
【村井】例えば「フライデーナイトJリーグ」ですね。「週末の試合に関して、土日にスタジアムに来られないお客様のために金曜開催も取り入れるべき」と提案すると、「残業のある日本で金曜日なんて集客を考えるとありえない」と最初は全クラブが反対でした。でも「金曜なら来られる」というお客様に何としてもチャレンジしたかったので、金曜の夜にしかやらないようなファンサービスとセットにして、何とか開催に漕ぎ着けました。金曜の試合報道が、土日の呼び水になることも確認でき、今では当たり前になっています。
嫌いな人、反対意見の中にこそヒントがある
ヘーゲルはこう言っています。対立するものを議論して丁寧に見ていくと、対立する者同士の間に共通する要素が見えてくる。これを相互浸透と言います。
こうした考え方は日本にもあります。日本語には「自ら」という言葉があります。自己中心的に「俺がやる。俺が頑張る」という概念です。しかし同じ字を使って「自ずから」とも読ませます。これは自然の摂理として、社会の法則として「おのずと世の中はこうなる」という概念です。正反対の概念に同じ字を使うわけです。
我欲の表面的なレベルで「俺がやる」と言っても誰も付いてきてはくれませんが、自分の心からの願いを表出させていくと、それが世の中に共通するものになり、やがて「世の中がそうなっていく」。そういう概念だろうと思います。
つまり、一つ上の次元にアウフヘーベンしたいと望むなら、嫌いな人、反対意見を言う人の中にこそヒントがある。そんなイメージですね。