陰謀論に右派、左派は関係ない

――本書は、多くの陰謀論の解説本が話題にすることの多い右派・保守の事例だけでなく、左派・リベラルの事例も分析されているのも特徴です。

【秦】陰謀論を信じている人たちとして目立つのは右派や保守が多いのは確かだと思いますが、一方で左派の人たちも陰謀論を唱える人は結構な数でいます。

特にこの10年ほどの間、左派的な野党支持者の中に、陰謀論的なものを信じる人たちが増えてきているように思います。

――それは長期にわたって安倍政権だったことの影響ですか。

【秦】そう思います。安倍・菅路線というのは、国際的に見れば、一部の国ほどに極端な右傾化というわけでないと思いますが、日本のリベラルからすれば、「極右」的で許せないことのオンパレードだったと言えるでしょう。

そんな「気に食わない政府」なのに、長期にわたって多くの人は支持しているし、政権も安定して続いた。そのために、批判する側である野党支持者は長い間、「政権に対してどんなに批判的な声をあげても、選挙で変えようと思っても、全く何も変わらない。むしろどんどん悪化している」という経験を強いられ、フラストレーションをため続けていると考えても不自然ではありません。

「何を言っても、自民党にかき消されてしまう」「どんなに応援しても、自民党政権を倒せない」、こうしたフラストレーションは陰謀論の受容しやすさにつながる。

実際に、日本以外の多くの国でも、選挙に負けた人たちは陰謀論を信じやすくなるという傾向があるという研究もあります。

Qアノンが生まれた構図

【秦】もっとも、これは右派・左派どちらにも当てはまる傾向です。

実際、アメリカで右派のトランプ支持者が2020年の大統領選で負けて陰謀論に走ったのは、「トランプが勝つはずなのに、負けてしまった」という思い込みに依る部分が大きかったと思われます。

選挙で負けたという現実を否定したい気持ちから、「トランプ敗北というあり得ない一大事の裏には、意図的に仕組まれた秘密のたくらみがあったに違いない」という考えに引きずられてしまったと考えるべきでしょう。

写真=iStock.com/olya_steckel
※写真はイメージです

――Qアノンと呼ばれる人たちですね。

【秦】彼らは最終的には議会襲撃事件まで起こしてしまいました。自分にとっての「あるべき現実」と「現実」の間に乖離かいりがあると、陰謀論が入り込む余地が生まれてしまう。2020年の米大統領選は、まさにその典型です。

日本でも、例えば保守からすれば「防衛費はもっと増えるべきなのに、そうならないのは誰かが邪魔している」となる。リベラルからすれば「リベラル政党が負け続け、ネトウヨが跋扈する右傾化した世の中になったのは、誰かがそう仕組んでいるからに違いない」と考え始めると、陰謀論的思考につながっていきます。

リベラルは保守の陰謀論を批判しますし、保守も、リベラルだって陰謀論を信じていると批判しますが、僕から見れば、お互いに実態が見えていないところがあって、右でも左でも、陰謀論が発生する理屈はどちらも同じです。

今のところ可能性は低いように思いますが、仮に日本で、立憲民主党が与党になって長期政権になったとしたら、今度は保守の側が、「日本は中国や韓国の勢力に牛耳られている」「選挙不正が行われている」と堂々と言い出す可能性は十分にあります。