「だから昔が良かった」というのは勘違い

言葉なり姿勢なりでOJTを中心とする知識伝達を前提とする場合、同じ釜の飯を食って共に過ごした時間が長ければ長いほどその伝達量が多くなることは自明である。もちろん伝達の生産性を上げよ、という議論もありうるが、生産性向上が言うほど簡単にできないことは日本経済の低成長が証明している。

そう、ゆるい職場で、従来のように上下関係で育て続けようとする場合、その育成は過去の日本企業の若手育成の劣化コピーにほかならない、七掛け・八掛けの若手育成となってしまう。こうした七掛け・八掛けの育成が、まさに若手の成長実感の乏しさに繋がっている。

ただ、勘違いする人が多いので次の点はよく留意する必要がある。こうした話をすると、

「やはり、昔の育て方が良かったのだ」
「自分が若いころは毎日タクシー帰りで職場に寝泊まりもした。そこで得た経験や人間関係は一生のものだ」
「いまの若手は甘えている。こんなに甘やかせていては人材が育たないと危機感をもっている」

といった、過去のやり方を良しとする意見が出てくる。特にこれまで大きな実績を上げてきて、現在も会社組織の根幹を支えているような枢要なポジションに就いていて、そして叩き上げでそうした役割を担ってきた実力がある人ほど、本心ではこう思っていることが多いのではないか。

職場環境はもう昔には戻らない

しかし、もう元には戻れないのだ。日本の職場は期せずして2010年代後半以降の労働法令改正によって、「グレートリセット」されてしまったのだ。法改正は社会規範の変化に伴って起こった動きであり、それは一言で言えば不可逆な変化なのだ。かつての職場で育て切る手法は、もう十全に採ることができないのだ。

「やはり日本人の労働時間が短すぎるから、労働基準法を改正して特別条項付き36協定を元に戻し残業時間を青天井にできるように戻そう」とか、「男女ともに育休を取り過ぎでキャリアが寸断されているから、取得可能期間を短くしよう」とか、「若者が企業を労働環境の良し悪しでのみ判断しすぎだから、労働時間や有給取得率の情報開示をやめよう」などと言う企業経営者や政治家が万一出たところで、こうした意見に賛同する声が多数集まり、職場運営法令がこういった方向へ改正(改悪)される可能性はほとんどありえない。

筆者も猛反対する。社会規範が変わる、「若者を使いつぶすような会社は許せない」という考え方が当たり前になる、ということはまさにこういうことである。

職場におけるOJTを中心とした方法だけでは育成しきれない。しかも、職場環境は元には戻れないとすれば、いかに若手にストレッチな経験をさせれば良いのか、という点は一層悩ましい問題として管理職層に伸し掛かってくる。