この頃から、十数種類のハーブやスパイスを調合して作る蒸留酒「アブサン」作りにも挑戦し始めた。リキュールの銘柄のひとつ、カンパリの素材を推測し、サボテンに生息するエンジムシが作り出す赤い色素コチニール、アンジェリカ、カラムス、シナモンなど10を超すスパイスを使って再構築した「フレッシュカンパリ」も編み出した。

マニアックなことをやればやるほど、お客さんに喜ばれた。狭い業界内で批判も受けたが、20代で意気軒昂だった鹿山は意に介さなかった。バーでなにか言われた時には、『Nouveau Traité de la Fabrication des Liqueurs』のレシピを見せて、この通りにやっているだけだと説明すると、大半の人は納得した。

ただし、このレシピ通りに作ってもうまくいかないことは多々あった。それがまた鹿山の探究心を刺激し、蒸留に没頭していった。

2012年には、権威あるカクテルコンペティションで上位入賞。同年発売の、名だたるバーテンダーがレシピを寄稿して大ヒットした書籍『最先端カクテルの技術』では、唯一二十代で名を連ねた。それを機に全国からバーテンダーやバー好きが西麻布まで訪ねてくるようになり、バーは繁盛した。

29歳で西新宿に「ベンフィディック」を開く

独立を考えて物件を探し始めた頃、西新宿のビルのオーナーから誘われて、2013年、29歳の時、今の場所にベンフィディックを開いた。

敬愛するバーテンダー、渡辺さんの「EST!」はカウンター9席&テーブル4席という小箱だったことから、それに倣い、ひとりで長く営業できることを意識した内装にした。実際、最初の2年はひとりでカウンターに立っていたそうだ。この頃には、自宅のプランターだけでは飽き足らず、酪農から引退した実家の農地の一角で、さまざまな植物を栽培するようになっていた。

写真提供=鹿山さん
50種類ほどのハーブや果実を栽培している。
写真提供=鹿山さん
酪農から引退した実家の農地の一角で、さまざまな植物を栽培する。

冒頭に記したように、ベンフィディックはシカの頭など動物の剝製があちこちに置かれ、山ほどのガラス瓶が棚に並ぶ。薄暗い照明なかで、すり鉢や薬研、火をかけたビーカーを使って作られる色鮮やかなカクテル。この異空間に惹かれるファンが瞬く間に増え、ひとりでは店を回せなくなって人を雇うようになった。

筆者撮影
使い古された薬研。
筆者撮影
すり鉢をする鹿山さん。

「noma」のシェフが驚嘆、初めて「アジアのベスト・バー50」に

2015年、「世界のベストレストラン50」で4度も世界一に選ばれているデンマークのレストラン「noma(ノーマ)」が東京で期間限定オープンした時、シェフが来店した。そのシェフは目の前で一つひとつの素材を掛け合わせて作られる鹿山の「フレッシュカンパリ」に驚嘆し、帰国後、ベンフィディックでの体験を海外メディアに語った。