シューマンは、「世界最古のカクテル」とも呼ばれるサゼラックを注文した。サゼラックはロックグラスを使うカクテルでレシピは無数にあるが、ライ・ウイスキーをベースにしている。緊張しながらサゼラックを作り、カウンターに置いた。グラスを手に取り、味わうシューマン。なにを言われるのかと固唾かたずをのんで見守っていると、シューマンは一言、こう告げた。

「俺の好みじゃない」

ガーン! 想定外のリアクションに鹿山は青ざめた。しかし、説明を聞いてホッとした。

「サゼラックはロックグラスで入れるカクテルなんですけど、氷を入れるか入れないかというスタイルの違いがあるんです。僕は氷を入れるスタイルなんですけど、シューマンはもう年配だったので、氷は嫌いなんだっていう話でした」

ステアする鹿山さん
筆者撮影
くろもじの枝をカクテルマドラーに。

実際のところ、シューマンは鹿山のことが気にったのだろう。この後、何度も来店しているだけでなく、シューマンが世界のトップバーを訪ねる旅の様子を撮影した映画『シューマンズ・バーブック』(日本では2018年公開)でベンフィディックも取り上げられている。

アジアで日本最高位、世界のベスト50になる

カリスマも認めたベンフィディックは、2016年に第1回の「アジアのベスト・バー50」で21位に選出されて以来、今年まで7年連続ランクイン。アジアでの評価が追い風になり、前述したように「世界のベスト・バー50」でも2017年に36位に選ばれてから過去6年で5度、名を連ねている。

特に今年は特別だ。コロナ禍で外国人の入国が厳しく制限されるなか、「アジアのベスト・バー50」では日本のバーで最高位の5位、「世界のベスト・バー50」では日本で唯一の選出となった。

これがどれほどのインパクトを持つのか、それは鹿山の動向を追うとわかりやすい。8月には、インドのクラフトジンメーカー「Hapusa Gin」から招待を受け、インドのバーで3日間のゲストバーテンダーを務めた。9月には、3日間で1万8000以上の来場者を記録したスピリッツ業界のイベント「Whisky Live Paris」に出展するニッカウヰスキーから「ベンフィディックを再現しないか?」というオファーを受け、3日間、カウンター11席のベンフィディックinパリで営業。10月には、スペインのバルセロナで開催された「世界のベスト・バー50」のセレモニーに出席している。

これほど世界を飛び回るバーテンダーは、日本でも鹿山だけだろう。ここ数年、うなぎ登りの注目度と比例するように、鹿山の農園は面積を広げており、現在はサッカーコート一面と同じぐらいになった。

畑仕事をするようになって10年以上経ち、農作業はすでに鹿山の生活の一部になっている。とはいえ、食糧ではなく、カクテルに使える作物を作るというスタンスは変わらない。