「もうねえ、失敗だらけですよ。絶対に埼玉じゃ育たないだろうと言われるようなものも、ワンチャンいけるかもしれないと思って植えますから。だいたいワンチャンいけなくて、枯れるんですけど(笑)。テキーラの原料のアガベとか植えてみましたけど、まぁ枯れますよね」
畑に通いながら、カクテルを作り続ける
枯れずに生き残った植物が、現在約50種。ニガヨモギ、ローズマリー、ミント、レモンマートル、ジュニパーベリー、山椒、キウイ、イチジク、柑橘系の橘(たちばな)、スイカなどを育てている。
栽培にあたり、農機具は実家にあるものを使い、わからないことがあれば、酪農家を引退して今は農業に励む父親に聞く。「今になって、農家の息子でよかったなって思いますね」と鹿山。農作業を始めたことで、「雑草」とひとくくりに呼ばれる植物にも愛着が湧くようになったという。
「人為的に育ててるものは春から秋に実るものが多いけど、ヒメオドリコソウとか、ホトケノザとか、いわゆる雑草とされている植物のなかには冬から春にかけて花を咲かせるものもあって。雑草って一言でいうけど、10年以上畑をやってるとね、その花もきれいだと感じるし、愛おしいんですよね。そういう植物を使って作る『畦道香るジンフィズカクテル』とか、人気ですよ」
「一番難しいのは同じことを続けること」
今や、世界的に見てもバーテンダーとして独自の立ち位置を築いた鹿山だが、お店を大きくしたり、店舗の数を増やすことは考えていない。
「畑と現場を行き来できるようなこのスタイルをずっと続けていきたいなって。一番難しいことって同じことを20年、30年、40年、50年続けることだと思うんですよね。僕は手を広げて経営者になるより、50年以上、1日も休まずに店を開け続けた『EST!』の渡辺さんみたいに、現場に立ち続けたいです」
取材の日、ドクダミカクテルの後に、アザミの花が丸い氷に閉じ込められたカクテルが登場した。アザミは繁殖力が強く厄介な雑草として扱われている。その厄介者も、鹿山の手にかかれば艶やかで、華やかなカクテルになるのだ。
ベンフィディックのカウンターの裏側には、「EST!」の渡辺さんの言葉が記されている。
・常に感謝の気持ちを持つこと
・常にお客様にぶつかっていくこと
・常に愛情を持って作ること
これは、2013年に開店当時、「いつも忘れないようにしよう」と書き記したものだ。伝説のバーテンダーから授かった心得を胸に、鹿山は今夜もカウンターでハーブを蒸留し、薬研を挽く。