大事なのは「生業」の本質を定義すること

――リクルート創業者の江副浩正さんは、自分に提案してくる社員が大好きでした。不平、不満を言っている社員のところにも寄っていって、「何が不満なの?」と聞き、社員が仕事や上司についての文句を言うと「じゃあ、君はどうしたいの?」と聞く。

社員が「僕ならこうしますけどね」と言うと、「さすが社長、経営者ですねえ!」と激賞してすかさず「じゃあそれ、君がやって」と予算と人員をつけ「いつまでにできる?」と詰めてしまう。社内の評論家を当事者に変えてしまう名人でした。

撮影=奥谷仁

【村井】求人情報からスタートしたリクルートという会社の「生業なりわい」は「メディア業」でした。メディアそのものも紙からネットに変わる、その中身のコンテンツも日替わり週替わり。日常の仕事そのものが変化にあふれています。私は生業の本質を「変化」と置きました。会社が困難な状況であっても、「変化」を好む人を集め、経営のベクトルをすべて「変化」に合わせていけば、職場は天国にもなりえる。

今度は、人が介在する人材紹介事業の経営に携わってみると、同じリクルートグループでも何か空気が違う。仕事を探している人、転職をしたい人とキャリアアドバイザーが「どんな仕事がしたいのですか?」と対話をし、営業担当は、人材を求めている企業と「どんな人材を求めていますか?」と対話をする日常です。

紹介事業という生業が醸し出す文化の本質を「対話」と置きました。まるで昭和の企業のように毎月の「納会」や「社員旅行」など社内の会話を重視した経営をしてきました。

ミスのスポーツだからこそ、スピーディーに対応できる

【村井】どんな業態にも共通して通用する経営手法があったり、どんな会社でも通用する万能な人材がいたり、人事制度があるわけではないと考えていました。Jリーグに来た私はサッカーという生業の本質を「ミス」と定義しました。「オウンゴール」といった言葉があるくらいです。ミスを恐れずどんどんチャレンジするのがサッカーなのだから、Jリーグもミスを恐れず失敗しよう。失敗したら改めればいい。

コロナ禍でわれわれは全クラブの対応の基準となるガイドラインを定めましたが、多い時は2週間に一回、改訂しました。2年間で40回くらい改訂したと思います。例えば、始めの頃は応援の太鼓も拍手も禁止だったのですが「太鼓や拍手でウイルスは出ないよな」となって解禁に、というような具合です。まさにPDMCAの連続です。

トライアルアンドエラーがすごく高速で回転していて、いつの間にか「Jリーグはスピーディーだ」というようなブランドイメージにつながっていきました。サッカーを支えてくださる人々や職員の皆さんのおかげです。