「かけふ」という言葉で現場を鼓舞

突然会社から「休んでほしい」と言われれば、誰もが困惑し、不安を感じるだろう。ANA社長(当時)の平子は「かけふ」という言葉を使って現場を鼓舞した。

「商いの3原則」。伊藤忠商事の会長CEO(最高経営責任者)である岡藤正広が、プロ野球・阪神タイガースの往年の名選手の名になぞらえて生み出した言葉だ。岡藤は「稼ぐ」「削る」「防ぐ」の頭文字を取ったわけだが、平子はそこに少し応用を加えた。

「か」は「借りる」。旅客需要が蒸発した中、まずは事業の運転資金を調達することが重要だ。これは経営陣の仕事であり、先に紹介した通り着実に実行されている。だから安心してほしい、という思いを込めた。

その上でコストを「削る」ことが重要なのだと説いた。一時的に社員には痛みを負ってもらい、人件費を圧縮しなければならない。不要不急の投資も後回しにする必要がある。

この頃には米ハワイ線に投入する欧州エアバスの超大型旅客機「A380」の3機目の受領を遅らせる措置も取っていた。これもこの考え方に沿った行動だ。

ただし、コストを削減しなければならないとしても、安全性や定時性の担保という航空会社としての本懐をおろそかにすれば、企業としての信頼性は下がり、復活の足かせとなってしまう。そのリスクを「防ぐ」ため、あらためて手綱を締め直す。

想定の見直しに追い込まれる

そうしている間も、感染状況は収まる気配を見せなかった。巨大航空会社はじりじりと首を絞められていく。

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ANAHDが入る汐留シティセンター(写真中央)

結果的に、4月の旅客数は国際線が前年比95.8%減、国内線が91.2%減と壊滅的な状況となる。本来は稼ぎ時であるゴールデンウイーク期間中の予約も全く入らない。5月6日までとされていた緊急事態宣言は延長の見通しとなる。片野坂らANAHD経営陣は「5月終息」の想定の見直しに追い込まれる。

「コロナが終息する時期の前提を8月末とする」。4月28日、20年3月期決算の発表に合わせて社員に発信したメッセージの中で、片野坂は想定シナリオを「ケース2」に移行する考えを示した。9月以降、運航規模は徐々に回復していくものの、21年3月末時点でも需要は国内線でコロナ禍前の7割、国際線も5割までしか戻らないという、ケース1に比べて悲観的な見立てだ。

SARSは発生したのが02年11月とされる。終息は03年7月だったため、発生から終息まで8カ月かかったことになる。ケース1では本格的な感染拡大を始点としたが、ケース2では発生を始点として想定を組み直したわけだ。平子は「当初から最悪のケース、ベストのケース、その中間と3つのシナリオを描いてきた」と説明する。ケース2はそこでいう中間シナリオだった。