率先して義母に食事を取り分けるほど気を使っていた
花はその昔、保険の外交員の仕事をしていたと和代から聞いたことがあり、頭の切れる女性という印象だった。一方、娘の信子は人の目を見て話をすることができない、ぶっきらぼうな雰囲気だったという。
信子は、知的で気が強い花のいいなりで、花は「信子の夫は頼りないからあたしが別れさせた!」と周囲によく漏らしていたという。孫である真美も花に似ているのか、活発で、やんちゃな女性だったという。章寛は真美から、山本家が暮らす地域では自衛隊員と結婚するのが人気だと聞いていた。信子の夫も、息子も自衛隊員だった。真美も自衛隊の男性が好きで、章寛を交際相手に選んだ理由は、自衛隊員だったことが最大の理由のようだった。
しかし、信子の夫も息子もそして章寛も、自衛隊で出世することはなく、数年で除隊している。さらに信子の夫も、花から離婚を促されており、信子はそれが原因で離婚している。章寛が除隊したことが花は気に食わず、山本家から追い出したいと考えていたのかもしれない。自衛隊員ではない男は、山本家には不要なのだ。
信子も花の影響を受け、章寛を敵視し、見下すようになっていき、その信子を見て真美も、章寛に冷たくなっていったのではないか。章寛は、親族で食事をする際、率先して信子に食べ物を取り分けてあげるなど、かなり気を使っている様子だったと和代は話す。
「私だってご飯をよそってもらったことなんかないのに……」
無理をして高級車をローンで購入したが…
章寛は、なんとか家族の期待にこたえたいと、無理をするようになった。高級車のローンでの購入もそのひとつだったそうだ。
「真美さんと一緒に広告を見ていたのを覚えています。真美さんは『私も働くから』って、言ってましたけど……」
ところが、いつまでたっても真美が仕事を探す様子はなかった。日中の仕事の給料だけでは回らない家計をなんとかするために、章寛は夜のバイトまで探さなければならなくなった。山本家を信頼しているわけではなかったが、一生懸命家族に尽くしている章寛を見て、親としてできることはしてあげたいと、和代は定期的に米や野菜を章寛に送っていた。
不自由な思いをしないようにと、現金5万から15万円を段ボールに忍び込ませて送ることもあった。真美からはお礼のメールが届くのだが、信子からは、「許さない」「お米がない」といったメールが入るのだ。和代もまた、信子の不可解な行動に振り回されていた。
奥本家がいくら経済的な援助をしても、章寛の表情が昔のように明るく戻ることはなかった。たまりかねた和代は、章寛に「つらかったら戻っておいで」と言っていた。それでも、「お義母さんおいては帰れん」と、章寛が宮崎を出ることはなかった。