従業員よりも取引先重視のカルチャーがある

企業に賃上げの体力がないわけではない。新型コロナ禍でも内部留保(利益剰余金)は増え続け、2021年度に、金融・保健を除く全産業ベースで、初めて500兆円を突破。516兆4750億円に達した。10年連続で過去最高である。

企業経営者の多くは、内部留保は大きな経営危機が訪れた場合への備えだ、と主張してきた。ところがこの数字は、新型コロナで大打撃を受けても、それを放出して従業員の給与に回すという行動に出なかったことを物語っている。雇用を維持したのも、雇用調整助成金など政府頼みだった。

こうした日本企業の構造的な賃金引き下げ傾向は、そう簡単には収まりそうにない。海外のインフレや円安による輸入物価の上昇で、多くの企業はコストアップに直面している。大手メーカーの下請けならコストの上昇分を吸収することを優先し、従業員の給与引き上げどころの話ではない、ということになる。最終商品への価格転嫁をなるべく避けようという行動も、賃上げを後回しにしている。従業員よりも取引先を優先するカルチャーが根付いているのだ。

首相は「最低賃金を3%引き上げた」と胸を張るが…

もっとも、企業は大幅な賃上げをせざるを得なくなる可能性が出てきた。人手不足が深刻化しているのだ。出生数の大幅な減少で、新卒の若手社員の採用は年々厳しくなっている。特にサービス業や製造業の「現場」での人手不足は深刻だ。

そこに円安が追い討ちをかけている。2022年10月からの最低賃金を3%引き上げたと岸田首相は胸を張る。前述のように消費者物価が3%上がれば、実質的な賃上げ率は0%になってしまうのだが、それ以上に、外国人労働者に動揺を与えている。昨年10月時点に比べて大幅な円安になったことで、最低賃金をドル建て換算すると20%も下落していることになるのだ。

写真=時事通信フォト
記者団の取材に応じる岸田文雄首相=2022年9月29日、首相官邸

円安が定着してしまえば、最低賃金で働く多くの外国人は日本で働くことを諦めて帰国するなり、より賃金の高い国に転出していくことになる。

さらに、冒頭のように、日本人まで出稼ぎに行くとなると、まさに現場は深刻な人手不足に陥っていくことになる。