安倍元首相は増税派と闘っていた

そうした一方で「国債は資金調達の手段ではなく、需要を喚起する手段である。その結果、財政赤字がかさんだらどうするのか? 貨幣は国家が創造できる価値なのだから、主権通貨国(自国通貨を発行できる国)は通貨の発行によってこれをまかなえる」とするのが、アバ・ラーナーが提唱した「機能的財政論」であり、現代貨幣理論(MMT)のベースとなっている。

もちろん、無秩序・無計画に通貨を発行するわけではなく、インフレが過熱したら支出を減らしたり増税したりして引き締めることが必要となる。MMTが異端と見られるのは、それが財政の無駄遣いを放置する可能性を軽視し、インフレが高進することに歯止めとなる金融政策に十分な役割を認めないからだといえる。

しかし、考えてもみてほしい。積極財政が必要なのは経済が傷み、国民が苦しんでいるときだ。政府が負債を負うことで需要を創出して不況を脱し、良好な経済を将来世代に残すなら意味がある。

たとえば、教育投資を怠ってデジタル化についていけない、学力のない若者が増えるのと、財政赤字を出しても優秀な人材を育てるのとでは、どちらが将来世代のためになるだろうか? 震災や疫病のため経済が困難な時期に「今の負担は現世代で」などと言うのは、怪我をした子に重い荷を負わせて「治ったらその荷を軽くしてやる」と言うのと同じではないか。

第2次安倍政権は14年に5%から8%へ、そして19年に8%から10%へ、2回にわたって消費税を増税している。10%への引き上げは民主党政権時に決まっており、安倍政権では解散総選挙に打って出て、これを2度先送りした。

しかし、財源を欲する省庁の要求は強力で、3度目の先送りはできなかった。財務省だけでなくすべての省庁が消費増税を求めていたし、閣僚や与党議員あるいは有力な経済学者も、あと一歩のところまで迫ったプライマリー・バランスの黒字化を達成すべきとの論陣を張った。20年度までのプライマリー・バランス黒字化が、10年に開催されたトロント・サミットでの国際公約だったことも、こうした論調を後押しした。

もちろん、安倍元首相にも財政赤字は少ないに越したことはないという思いはあったろうし、ここまで経済回復が順調に進めば大丈夫だろうという楽観もあったと思う。かくして、19年10月に消費税は予定通り10%に引き上げられたわけであるが、悪いことにその翌々月に中国武漢で新型コロナウイルスの感染例が報告され、翌年1月には日本でも最初の感染者が確認された。その後の展開は、まだ皆さんの記憶にも新しいだろう。

第2次政権を退陣された後の「正論」での対談では、安倍元首相は16年以降に大胆な財政政策に振り切らなかったこと、19年に消費増税の決断をしたことを後悔しておられた。それは私も同じで、内閣官房参与として、もっと強く進言すべきだったと反省している。私もリカード理論の束縛から逃れることが遅すぎたのである。

(構成=渡辺一朗)
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