所要時間はともに12分前後だったが、“勝敗”は誰の目にも明白だった。安倍晋三元首相の国葬での現首相と前首相の弔辞の内容は天と地の差があった。「話し方の家庭教師」として政治家や企業のエグゼクティブ1000人以上の指導に当たってきた岡本純子さんが分析した――。
衆議院予算委員会で菅義偉官房長官(右)と談笑する安倍晋三首相(当時)=2016年9月29日、東京・国会内
写真=時事通信フォト
衆議院予算委員会で菅義偉官房長官(右)と談笑する安倍晋三首相(当時)=2016年9月29日、東京・国会内

岸田首相は血が通わない新聞検索記事のような話に終始

賛否が渦巻いた安倍晋三元首相の国葬が滞りなく行われた。その中で、特に注目を集めたのが、友人代表としての菅義偉前総理の情感のこもった追悼の辞だった。岸田文雄総理のスピーチとは何が、どう違ったのか。徹底比較をしてみた。

追悼の辞を述べたのは全部で5人。トップバッターが岸田総理、そして、最後が菅前総理だった。岸田総理の追悼の辞は約12分半、2533文字を淡々と読み上げた。特に印象に残ったのは、どこか他人行儀な語り口だ。

「29年前、第40回衆院選にあなたと私は初めて当選し、ともに政治の世界へ飛び込みました。私は同期の一人として安全保障・外交について、さらには経済・社会保障に関しても勉強と研さんにたゆみなかったあなたの姿をつぶさに見てまいりました」
「私は外務大臣として、その同じ時代を生きてきた盟友としてあなたの内閣に加わり、日本外交の地平を広げる仕事に一意専心取り組むことができたことを一生の誇りとすることでしょう」

キングメーカーであった安倍氏に対しては頭が上がらなかったであろうはずの岸田氏が、どこか上から目線な口調で、安倍氏を「単なる同期」「盟友」と言い切っている。

悼む思いも、「残念」「痛恨の極み」「さぞかし無念」といった判で押したようなありきたりの言葉で済ませた。本人との血肉の通ったやり取りや思い出話なども、ほとんど登場しない。だから、「あなた」と呼び、「私」ではなく「私たち」というあいまいな主語を多用した。

「あなたは国会で『総理大臣とはどういうものか』との質問をうけ、溶けた鉄を鋳型に流し込めばそれでできる鋳造品ではない、と答えています」
「『勇とはただしき事をなすことなり』という新渡戸稲造の言葉を、あなたはいちど防衛大学校の卒業式で使っています」

といったエピソードも、新聞記事を検索して、見つけ出したような話で、一向に心には刺さらない。

無味乾燥な功績を羅列したかと思うと、「私はいつまでも懐かしく思い出すだろうと思います。そして日本の、世界中の多くの人たちが『安倍総理の頃』『安倍総理の時代』などとあなたを懐かしむに違いありません」と、まるで、「完全にノスタルジアの人」として、歴史の教科書の世界に追いやらんとしているような口ぶりだ。

岸田氏の個人的な思いや思い出話が一切、含まれていないところを見ると、側近が書いたスピーチをただ読んでいるのではないかということが容易に想像できる。

一方の菅前総理。11分45秒のスピーチは、情緒的な心情描写から始まった。