「天国」「極楽」の二者択一ではなく「あの世」は?

最近では、アントニオ猪木氏の死去が記憶に新しい。各紙大きく報じた。その一部は以下である。

・日刊スポーツ 記事「天国のリングに召されるまで、猪木さんに「不可能」という発想はなかった。最後までアントニオ猪木を貫いた」(2022年10月2日)
・デイリースポーツ「天国のリングでも『1、2、3、ダーッ』の雄叫びが聞こえてきそうだ」(2022年10月2日)

ちなみにアントニオ猪木氏の場合は、「天国」で正しい。猪木氏の宗旨はイスラム教で、「天国」を死後世界としているからだ。猪木氏は1990年8月以降に始まった湾岸戦争で、日本人が人質となった際に現地イラクのサダム・フセイン大統領と交渉し、解放につなげた実績で知られている。実は人質解放交渉の過程において、仏教徒だった猪木氏は、イラクのシーア派聖地カルバラーのモスクでイスラム教に改宗。その際に「モハメッド・フセイン・イノキ」のムスリム名を授かっている。

こうした「天国報道」オンパレードのなかで今年9月、浄土宗の宗門校である佛教大学で「浄土宗総合学術大会」が開かれた。その中で、「天国という呼称をめぐって」という研究発表がなされた。そこでは、「往生する場=極楽浄土は、譲ることのできない重要な問題」と提起した。近年の訃報記事に見られる「天国」表記への危機感が、仏教界内部で共有されはじめた出来事だった。

写真=iStock.com/Anna_Om
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しかし、それも「遅きに失した」ように思う。現代人にとっては「天国」のほうが「極楽」よりも一般的になっているのが実情だ。「天国」の広がりは、仏教界の発信力が足りなかった証左でもある。

なお、神道では死後世界を「幽世(かくりよ)」と表現するが、こちらは「極楽」「浄土」以上に分かりにくい。

昨今の仏式の葬儀での弔辞で「天国のおじいちゃん、安らかに」などと語りかけることは、しばしば見られる光景である。そこで、僧侶が間違いをただそうものなら、「カタいこと言うなよ」などと遺族の反発を招きかねない。しかし、報道機関や政治家は、正確な表現をすべきだ。

とはいえ「天国」が一般化している中で、「極楽」「浄土」ではニュアンスが読者や国民に伝わりにくい、との主張も分からぬではない。では、どうすればよいか。そこで「天国」か「極楽」かの二者択一ではなく、無難な「あの世」はどうか。「この世」「あの世」としておけば、すべての宗教に通じ、軋轢は生まないはずだから。

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