WHO非加盟でコロナ情報も共有されない
日本人は日本の航空機で台湾を訪れることができ、入国審査ではパスポートに「中華民国」のスタンプが押される。このような事実からすれば、台湾も一つの“国家”として機能しているようにみえるが、国連をはじめとする国際組織は中国の主張する「一つの中国」の原則を支持しているため、独立国として認められていない台湾は「一つの地域」という特殊な扱いとなっている。
確かに、オリンピック・パラリンピックの開幕式では毎回、選手たちは「チャイニーズ・タイペイ」として入場行進をしている。新型コロナウイルスが猛威を振るったときも、WHO(世界保健機関)に加盟できない台湾は、他国が当たり前のように享受できる情報すら共有できなかった。また、各国が「ワクチンの割り当て」をもらう中で、その確保もできず、調達に腐心する局面に立たされた。
「中国大使館が台湾人を保護してくれるのか?」
張さんは「台湾から一歩外に出ると、台湾の特殊な立ち場が浮き彫りになるのです」と語り、15年ほど前のエピソードをこう振り返った。
「台湾出身で日本に在住する友人の『外国人登録証』の国籍欄には『中国』と書かれていました。友人はアイデンティティに非常にこだわる人で、『国籍欄に中国と記されると、何かあったときは中国大使館に行かなければならないことになる。中国が台湾人を保護してくれるのか分からないのに』と、日本の入国管理局に駆け込んだのです」
交渉の結果、この友人の「外国人登録証」の国籍欄は「台湾」と修正された。ちなみに、出入国在留管理庁によると「過去は『中国(台湾)』と記載されていたが、2010年に外国人登録証が在留カードに切り替わった時点で、『台湾』と記載できるようになった」という。それでも、あくまで「地域」としての扱いだ。
いつか、台湾が中国を統一すると思っていた
今に見る台湾問題は、1945年の日本の敗戦で、日清戦争の勝利により清国から割譲した台湾(1895年の下関条約締結)を放棄したことから始まる。その後、中華民国(国民党の蒋介石政権)は台湾を編入したが、大陸では国民党軍と毛沢東が率いる共産党軍が内戦し、国民党軍が敗れてしまう。国民党軍が台湾に逃げ込み、中華民国が台北に遷都する一方で、中国共産党は1949年に大陸で新中国(中華人民共和国)を建国した。
張さんが来日した当時、故郷に手紙を送る際に封筒に書いたのは「中華民国台湾省」というものだった。これは、蒋介石が率いた国民党が「中国とは中華民国である」と中国全土の領有権を主張し、台湾をそのうちの一つの省として「台湾省」と呼ぶようになったことに由来するものだ(中国もまた「一つの中国」の原則のもと、台湾省を自国の一つの省だと主張している)。