ウクライナは小麦などの穀物や、自動車部品の一つであるワイヤーハーネスの生産国として供給網に組み込まれた。米国などの企業は事業運営コストを引き下げるために海外直接投資を増やした。自由貿易協定(FTA)などに関する協議も進展し、関税が引き下げられた。世界各国の国境の敷居は下がり、経済運営の効率性が高まった。
1990年代に米国で始まったIT革命、その後のデジタル化の加速は“ジャスト・イン・タイム”のサプライチェーン運営を支え、需要の変化に機敏に対応できる供給体制が構築された。その結果として、景気が緩やかに回復しても物価が上昇しづらい世界経済の環境が整備されたのである。
エネルギーの争奪戦も激化
しかし、リーマンショック後はグローバル化に逆行する動きが出始めた。その一つとしてウクライナ危機のインパクトは非常に大きい。西側諸国はロシア制裁を強化した。EUはエネルギー資源のロシア依存脱却を急ぎ、ロシアは報復としてパイプラインである“ノルドストリーム1”を通した天然ガス供給量を減らしている。小麦など穀物の供給体制も不安定化した。米中対立やコロナ禍によって傷ついた世界の供給網は一段と脆弱化している。
足許では中国経済の先行き懸念の高まりなどによって原油価格が下落し、世界の液化天然ガス(LNG)の需給が緩む兆しも出ている。それでも、世界各国の企業が需要に見合った供給を迅速に実現することは難しく、日米欧で消費者物価はウクライナ危機発生前の水準を上回っている。
貿易赤字が続き、家計はさらに苦しくなる
ウクライナ危機をきっかけに脱グローバル化が加速した結果、エネルギー資源や食料を輸入に頼る国は、より強い逆風に直面している。わが国はその代表例だ。財務省が17日発表した7月の貿易統計(速報値)は、1兆4367億円の赤字だった。赤字は12カ月連続となり、赤字額は7月としては過去最大だ。
2021年10月、わが国が米豪加から輸入する小麦の政府売り渡し価格は前期比19.0%上昇した。中国の小麦購入量の増加、異常気象による作柄の悪化などがその要因だ。本年4月、ウクライナ危機による穀物供給の減少によって売り渡し価格はさらに17.3%上昇した。5月中旬以降、小麦先物の価格は下落している。
ただし、円安によってわが国が輸入する小麦の価格は押し上げられている。10月の小麦売り渡し価格の追加引き上げは不可避の状況にある。賃金が伸びていない状況下、わが国家計の生活の苦しさは追加的に増すだろう。8月15日、岸田政権はその展開を回避するために小麦売り渡し価格を据え置く方針を明らかにした。