駅長が繰り出す「必殺技」

観客がドームに集まってくる往路のダイヤは、ゲームの開始時間に合わせて臨時電車を増便しておけばいいのだが、問題は帰路。試合時間が決まっているサッカーなどの競技と違って、野球は展開次第でゲームセットの時間がずれる。投手戦で早く終わったり、逆に打ち合いの果てに延長戦になったりして、事前に予測は不可能だ。

ということは、やたらと増便しても無駄になる。お客さんが帰宅する時間に、ピンポイントで大増便するのがベストなのだ。

そこで野球ダイヤには、土休日デーゲームなら18種、土休日ナイターで15種、平日ナイターでも9種の運行パターンが用意されている。

撮影=プレジデントオンライン編集部
これが実物の「野球ダイヤ」。

西武球場前駅に留置してある3~4本の回送電車を、臨時の池袋行き優等列車(急行や快速)として送り出すタイミングを、パターンの数だけ選べるのだ。

電車は10両連結の1編成で約2000人を運ぶことができる。つまり6000~8000人分の輸送能力拡大という「必殺技」を繰り出すタイミングを、駅長が状況を見ながら決める。

試合の流れを読んで「今日はこのパターンでいく!」と決断するのが、脇田さんに課されたミッションなのである。

駅事務室にあるテレビが野球中継を流しているワケ

パターンがどう決められているのかを見学させてもらった。取材日は8月5日の金曜日。ナイターのロッテ戦。観客数は1万2619人と発表された。平日にしてはなかなかの人出だ。「いつもだいたい観客の6割ぐらいが鉄道利用者ですね」と脇田さん。

試合中は、いろいろな情報が脇田さんの元に集約される。たとえばゲーム後にイベントなどがあったりすると、観客が球場から出てくるのが遅くなる。

試合前に行われる球団側との定例の打ち合わせで、この日は試合後のイベント無しと確認。また、往路に西武球場前駅を利用した乗客数は6694人、という報告も入ってきた。ほぼ同数が復路も駅を利用するはずだ。

駅事務室の奥まった部屋にあるテレビには、中継映像が映し出されている。電話や無線を受けながら、脇田さんはテレビ画面のチェックも欠かさない。ゲームの流れは帰宅客の動きと直結するからだ。

「大差がついたりすると、早めに帰るお客さまが増える。逆にシーソーゲームだと、ほとんどのお客さまが最後まで残られるので混雑も集中する」

同駅の平日利用客は沿線の通勤客が主体で、駅員は2人だけ。のどかな駅だが、ドームで野球やイベントが開催されるときは、まったく違う顔を見せる。

ホームが3面、発着番線が6つもあるのは、大量輸送に対応するためだ。周辺の駅から応援の駅員も集められ、臨時の乗り越し精算窓口や特急券窓口を設置したり、誘導案内にあたったりする。

筆者撮影
打ち合わせをする駅員のみなさん

駅員のみなさんは、雰囲気を盛り上げるために埼玉西武ライオンズのユニホームを羽織っていたりして、お祭りムードなのだが、試合が進むにつれて緊張感もじわじわと高まってくる。