一度サインを出したら止められない

まさに全社挙げてのチームプレーだが、ゴーサインを出したら、後戻りはできない。パターン発動で増発できる列車は3本か4本。もし、観客が球場に留まってなかなか駅にやってこなかったら……。輸送能力のピークが過ぎてから駅が混雑することになり、せっかくの野球ダイヤも無駄に。お客さまに不快な時間を過ごさせてしまうことになる。

マウンドに抑えの切り札を送り出す監督の苦悩を連想させられた。この回からいくか、次の回まで引っ張るか……。脇田さんのプレッシャー、じつは相当なものでは。そう聞くと「失敗したこともありますからね」と明かしてくれた。

「試合後にイベントがあるのを失念していて、パターンを決めてから『あれ? お客さまが来ないぞ』と。臨時列車がお客さまを乗せずに駅からいなくなっていく。もう真っ青ですよ。いやあ、思い出したくないです」

ただし、担当して8年になるが失敗はその一度だけ、という。苦い経験も、重圧のかかる駅長の仕事に生かされている。

「チームが勝っても負けても、なるべく気分良く帰っていただきたい。帰りの電車の中まで、存分に楽しんでもらえるとうれしいですね」

ひと仕事終えて笑顔の脇田駅長
筆者撮影
ひと仕事終えて笑顔の脇田駅長

「ダイヤは商品である」

まさに効果抜群の鉄道ダイヤだが、その実現には苦労があった。今回、事前に取材させてもらったのが計画管理部運行計画課主任の茂木啓資さん。ダイヤを作っている人である。話を聞いてみると、西武球場前駅のロケーションがかなり特殊なのだ。

ダイヤ制作の苦労を説明する茂木さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
ダイヤ制作の苦労を説明する茂木さん

ハードルその1。ベルーナドームの最寄り駅である西武球場前駅は、池袋線西所沢駅から延びる支線である狭山線の終着駅。

西武池袋線本線上なら増発もしやすいそうだが、支線である上に西所沢―西武球場前駅間は単線なので、途中駅(下山口)で上下電車をすれ違わせる必要がある。「最も効率を上げても1時間に往復で8本までが限界」と茂木さん。

ハードルその2。西所沢駅の狭山線ホームは2つ、うち1つは8両編成しか止まれない。パターンで使用する優等電車は10両編成のため、使用できるホームは1つしかない。

ハードルその3。西所沢駅は狭山線と池袋線が走るが立体交差ではない。西武球場前から池袋方面に向かう狭山線上り電車は、池袋線の下り線路を越えなくてはならない。池袋線を走る電車の合間に通さなくてはならないので、これも制約が出てくる。

パターン増便されるのは池袋方面行きだから、池袋線内で追い越す駅なども調整しなければならない。

斜めの線が無数に引かれた列車運行図表を見せてもらったが、すべてのハードルをクリアして、輸送能力を最大限に発揮できるように組み上げられた「鉄道ダイヤ」はひとつ作るだけでも大変そう。それが40パターン以上も用意されていて、いつでも使えるようになっているのだ。

「ダイヤは商品であるので、ただの輸送ではなくサービス面も考えています。効率良く早く帰れることは大切にしたい。安全安心に、気持ちよく帰っていただくことで、またご利用してもらえれば」と茂木さん。