西武鉄道には「野球ダイヤ」という日本で随一の運行形態がある。埼玉西武ライオンズの本拠地・ベルーナドーム(埼玉県所沢市)の観客を、試合が終わり次第スムーズに輸送するためのシステムだ。なぜほかの鉄道会社ではやれないのか。ライターの篠原知存さんがリポートする――。

間違えると大変なことになると駅長は言った

夕闇に包まれた埼玉県所沢市の西武球場前駅。改札を出たところにあるベルーナドームでは埼玉西武ライオンズのナイターが始まった。時折応援の太鼓の音や歓声がホームまで届く。3ホーム6番線を備える大きな駅だが、ほとんどのホームは無人だ。1番ホームのみが使用され、電車が着くと通勤・通学帰りらしい人々が改札を目指し、またすぐに静まり返る。

嵐の前の静けさといった感じの駅構内
筆者撮影
嵐の前の静けさといった感じの駅構内

試合が進み、7回裏が終わったタイミングで、急に駅が慌ただしくなった。詰所から駅員や乗務員が一斉に出てくる。2~6番線ホームに停車してあった留置電車に次々と灯りがともる。乗務員が乗り込み、いつでも動かせるようにする出庫点検だ。ドアの開閉をチェックしたり、パァン、と小さく警笛が鳴らされたり。同時に駅員数人が改札口の前で円陣を組んで、担当する業務について最終打ち合わせを始めた。眠っていた駅が、パッと目覚める。

駅長の脇田弘司さんが決断を迫られる時間が、今日もまた近づいてきた。

「ハズレると大変なことになるので、しっかり判断したいと思います」

「ハズレ」とはどういうことか。

日本の鉄道会社の中で唯一の変則ダイヤ

西武鉄道は、ベルーナドームで試合があるときに「野球ダイヤ」という特別な輸送ダイヤで列車を運行する。平日ナイター、土休日デーゲーム、土休日ナイターのそれぞれに合わせたダイヤがある。

通常はほとんどが西武球場前駅~西所沢駅の折り返し運転となるが、野球が終了すると、西所沢駅から先の所沢方面やJR武蔵野線と接続する秋津駅などにも直通する電車が増え、池袋行き直通特急「スタジアムエクスプレス」も運行する。

ああ、よくある増便のことでしょ、なんて思ってはいけない。

この野球ダイヤは日本の鉄道会社の中で唯一の変則ダイヤである。特徴は、増便だけではない。試合の進行に合わせた「パターン運行」を行うことにある。