円安を加味すると最低賃金は15%以上も下がっている
最低賃金で働いている人たちには外国人労働者も少なくない。彼らは自国に比べて給与が高い日本に出稼ぎでやってきて、母国に仕送りをしているのだが、そうした外国人労働の世界で今、大きな変化が起きている。急激な円安で仕送りできる額が激減しているのだ。円高の頃は日本円で支払われる給与は世界最高水準だった。世界中のアーティストが日本にやってきてコンサートを開いたのも、日本のギャラがドル換算すればベラ棒に高かったからだ。
ところが今、まったく逆のことが起きている。日本の給与が3%上がったとしても為替が1年前に比べて15%安くなれば、日本の給与の魅力はどんどん落ちていく。このままでは日本にやってくる外国人労働者がいなくなってしまうに違いない。
最低賃金をドル建てに換算してみれば明らかだ。1年前の最低賃金930円を1ドル=110円で割ると、8.45ドル。それが今年961円になったとして、今の1ドル=135円で割ると7.12ドルである。ドル建てにしてみれば、15%以上も最低賃金は下がっていることになる。外国人がやって来なくなるというのは決して大袈裟ではない。
そうでなくても、新型コロナ前ですら、居酒屋の深夜バイトは生活力が上がった中国人学生が見向きもせず、インドネシアやベトナムといった国からの「留学生」に変わっていた。果たして、日本の最低賃金で働いてもいい、という外国人は、いったいどこの国からやってくるのだろうか。
「アベノミクスで経済格差拡大」なら、なぜもっと引き上げないのか
分配をすれば成長する、と当初は主張していた岸田首相の誕生で、さぞかし最低賃金は大幅に引き上げられるのだろうと期待された。財界人の中には3%では不十分で5%以上引き上げるべきだという主張をしている人もかねている。賃金を引き上げれば、働く人たちの可処分所得が増え、それが消費に向かって、再び企業収益に結びつく。安倍元首相はこれを「経済の好循環」と言い続けてきた。
だが、実際には、企業収益の伸びほど賃上げは進まず、企業の内部留保が増え続けることになった。それを岸田首相は「アベノミクスで経済格差が拡大した」と指摘したはずだった。それならば賃上げを一気に進めるべくリーダーシップをとるに違いない、と思われた。
だが、今回の最低賃金の引き上げでも、首相のリーダーシップは見られなかった。3%を切って「アベノミクス以下」になるわけにはいかないから3%という基準のクリアは最低ラインだった。本来は物価上昇分を差し引いて、「実質」3%の引き上げを求めるべきだったが、そうすると5%以上の引き上げが必要になる。それは経済団体の顔色を見て早々に断念していた。
「多方面の声を聞く」というのが岸田首相の真骨頂である。残念ながら「弱者の声」を重んじることはない。おそらく、最低賃金で働く人々への「共感」も、日々上昇する物価への「実感」も乏しいのだろう。
「物価高の中で、たった30円しか上がらない」という国民の正直な声は、「過去最大」という報道によってかき消されている。おそらく岸田首相は、この過去最大の引き上げに、溜飲を下げているに違いない。