しかし、彼はそれだけでなくある種のもろさや葛藤も持ち合わせています。だからこそ彼は「普通の男」を演じることもできる。『ア・フュー・グッドメン』(1992)では、男らしさがある一方で、感情的な弱さも持ち合わせています。そして、スタンリー・キューブリック監督の『アイズ ワイド シャット』(1999)では、妻の不貞に苦悩する夫を、実生活でもパートナーであったニコール・キッドマンと共に演じました。

トム・クルーズの功績は、こうした90年代の映画において、いわゆる映画スターという分類に抵抗して、そこから抜け出そうと試行錯誤したことにあります。とはいえ、トム・クルーズはやはり常にトム・クルーズであり続けるでしょう。それが映画スターの宿命なのです。

悪を倒すヒーローを描いた西部劇は人気だったが…

アメリカは、アメリカをどのように語るか──アンダーセン
カート・アンダーセン(写真提供=NHK)

クリント・イーストウッドの『許されざる者』(1992)は、90年代を代表するすばらしい映画であり、アメリカの歴史の真実を描き出していると思います。

舞台は19世紀のアメリカ西部、かつて「動くものは何でも殺した」と自分で語る主人公マニー(クリント・イーストウッド)は、今は妻のおかげで改心して農業で暮らしています。しかし、その妻は病気で死んでしまい、貧しく苦しい生活を送っていました。ある日、そのマニーのもとを賞金稼ぎの仲間にならないかという男が訪れることで物語は始まるのです。

この映画は、見た目は典型的な西部劇(ウエスタン)ですが、一方でその西部劇の歴史を覆し、否定するものでもあります。ジョン・フォードの『荒野の決闘』(1946)などに代表されるように、銃の腕を頼りに開拓の地で独立し、悪を倒すヒーローを描いた西部劇は長年アメリカ人の心を掴んできました。

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しかし、イーストウッドが描いたのは、そうした古き良きアメリカではありません。西部劇が描いたアメリカという国は、結局、暴力への愛着を持ち続けた人たちによる暴力の連鎖の歴史であったことを暴き出しました。

そしてそれはガン・クレイジー(熱狂的な銃所持の支持者)に溢れた現代アメリカへとつながります。映画には、敵討ちの舞台となる町の保安官リトル・ビルが登場しますが、彼は自分の町の治安を守るためなら暴力の行使を躊躇しません。