歳をとると自分のお金でも自由に使えなくなる
しかしながら、そうした詐欺めあてではなく、たとえば、価値の高い美術品を買いまくってそれを見比べるとか、世界中からめずらしい食材や、人が飲んだことのないようなワインを集めて、1回の食事に数百万円かけてグルメを楽しむといったお金の使い方をしているうちに、「この人のウンチクを聞きたい」という純粋な好奇心から人が寄ってくる、ということはもしかしたらあるかもしれません。
でも、たいていの場合は、歳をとるにつれて、お金をもっていればいるほどいいとはいえなくなってくる、むしろ、お金があるほど虚しくなってくる確率のほうが高いのではないか、と私は推察しています。
というのも、お金をもっていれば、周りの人が言うことを聞いてくれるかといえば、そうでもないからです。歳をとると、自分のお金であっても子供が口出しをして、自由に使わせてもらえなくなることがあります。
かなり資産のある高齢者が、それを使って高級老人ホームに入居しようとしたところ、遺産が減るからでしょうが、子供たちに反対されて断念したという話も聞きます。
歳をとると、思ったほどお金があてにならないということに気づくと思います。
70代くらいまでは、まだお金の力はそこそこ有効かもしれません。それでも80代後半を過ぎて、認知症を理由に成年後見人がつくことにでもなれば、自分で財産を処理する権利さえ完全に失います。
認知症になった元大臣のもとに何度もやってくる政治家
高齢者専門の浴風会病院に勤めていたとき、私が担当していた入院患者に、かつては大臣の地位にあったという人がいました。その人のもとには、誰もが知る当時の大物政治家が何人か、見舞いに訪れていました。おそらくその人の世話になっていたのでしょう。
そのうちのAさんは、一度見舞いに来て本人が認知症であることがわかると、それきり訪れなくなりました。一方、Bさんは、その後も頻繁にお忍びで訪ねてきていました。いまは何の地位も権力もなく、自分のことを覚えてさえいないかもしれない相手に何度も会いにきていたのです。
もし、利害関係だけの結びつきであったのなら、そこまですることはまずないでしょう。実際、そのような関係性だったと思われるAさんは、二度と訪れることはありませんでした。このとき、Bさんが義理堅い人格者であることがわかると同時に、その元大臣がBさんから本当に慕われていたこともよくわかりました。
利害関係によるパワーではなく、その人自身の人間味やオーラのようなものがどれほどあるかが、ものをいうのだと思います。