プーチンが絶対に譲れないこと

新たな軍事目標が表明されたところで、プーチン大統領は停戦の条件をどのように考えているのでしょうか。

そもそもロシアは、NATO(北大西洋条約機構)の東方拡大さえ阻止できるなら、方法は何でもよかったはずです。選択肢の中では、ミンスク合意が一番穏やかな方法でした。

ミンスク合意とは、2014年に始まったウクライナ東部ドンバス地方(ドネツク州とルハンスク州)で勃発したウクライナ軍と親ロシア派武装勢力の紛争の解決のため、15年2月にメルケル独首相とオランド仏大統領が下準備をして、ロシアのプーチン大統領とウクライナのポロシェンコ大統領が署名したものです。

ドネツク州とルハンスク州のうち親ロシア派武装勢力が実効支配している地域だけに限定して、特別の地位を与えるようにウクライナ憲法を改正する。この憲法改正が行われれば「特別の地位」を付与された地域が外交権に関与できるようになる。この2つの地域が合意しなければ条約を結べないようにウクライナの憲法を改正させて、NATOへの加盟を不可能にすることがロシアの狙いでした。

しかし、ウクライナ国内では合意そのものがロシアに有利な内容だとの不満もあり、ゼレンスキー大統領はミンスク合意を履行せず、プーチン大統領は合意は失効したとして、ウクライナに侵攻したのです。

米シンクタンクISW発表を基に編集部作成。4月25日時点でロシアが占領・支配・侵攻している地域(赤色)と、モルドバ国内にあって、親ロシア派勢力が実効支配する沿ドニエストル共和国(オレンジ色)。ウクライナ南部も制圧し、この2つの支配域を地続きにする狙いだ。

領土問題が解決しなくても停戦はできる

戦争の前、親ロシア派武装勢力はルハンスク州の2分の1、ドネツク州の3分の1を実効支配していました。それが3月末の時点で、ルハンスク州の97%、ドネツク州の54%を手中にしています。ドネツク州の支配地域が広がらないのは、ウクライナ側の抵抗が激しいからです。

今後はドネツクに集中してウクライナ軍を駆逐し、両州の実効支配を目指すことが、ロシアにとって最低限の目標になります。もっとも、ゼレンスキー大統領は、4月16日に「領土と国民では妥協しない」と述べています。ウクライナはロシアが実効支配しているドネツク州、ルハンスク州の一部だけでなく、2014年にロシアが併合したクリミアの奪還を目標にしています。ゼレンスキー大統領がこの目標を掲げ続ける限り、ロシアとの停戦は不可能です。

また、ドネツク州とルハンスク州を「人民共和国」としてそれぞれ独立させることを認めることは、ウクライナ領土の変更になります。

ウクライナ憲法の第73条は、「ウクライナ領土の変更問題は国民投票のみで議決できる」と定めています。停戦条件の中に領土に関する事項が含まれれば、大統領には決定する権限がなく、議会による承認を経て国民投票に委ねられることになります。すると議会の承認を得られたとしても、国民が拒めば、戦争は継続されることになります。

もっとも停戦協定は領土・国境を定める平和条約とは異なり、領土に関する互いの主張はそのままにして法的には戦争状態を継続させながら、停戦を実現することもできるので、一日も早くロシアとウクライナが停戦に向けて動き出すべきです。