基礎力を身につけるために練り直された指導計画

私が強調したいのは、本人が「分かる楽しさ」や「できる喜び」を感じることで、学びたい気持ちが動き始めることにあります。私たち大人が、彼らから「もっと問題を解けるようになりたい」というワクワク感をどれだけ引き出すことができるかが、教科指導の突破口といっても言いすぎではないと思います。

中学生のSくんが「先生、この本すごく分かりやすいんだよ」と述べたときこそ、動機づけを得て学ぶ意欲が芽生えた瞬間です。本人の学びたい気持ちの芽が自然とふくらめば、あとは太陽と水を整えてあげるだけで、芽が吹き、やがて根も張り出してくるのです。

先生方に協力頂けることになった当初、中学生の授業風景をあるがまま観てもらいました。私は、少年院が抱える悩ましい三重苦の問題を何としても克服したい、ぜひお知恵をお借りしたいと依頼しました。

しばらく話し合いを重ねた後、瀬山先生から思い切った提案がありました。幾何きかその他の分野を思い切って省き、代数にしぼった授業計画を作りましょう。最終目標は一次方程式に軟着陸させることにしましょうとの戦略です。新鮮な驚きでした。そして、精選された指導計画は、諦めではなく、学ぶことが生きる力になるという確信のもとで練り直され、基礎力を身につける授業がスタートすることとなったのです。

少年たちは先生の言葉に目を輝かせた

おふたりの印象に残る授業場面があります。髙橋先生の授業においては、自然数から始まり、有理数と無理数の違いを含めた数の概念について繰り返し教えてくれました。机間巡回されながら、全員に声をかけ、分からないという言葉を封印し、思考を停止させない授業だったのです。授業の最後には、誰ひとりとしてうつむくことがありませんでした。

また、瀬山先生の等式の授業において、「移項」の意味がイメージできるよう、手作りのやじろべいを教室に持ち込んで実演してくれました。イコール(=)で結ばれた等式から数字を移してもイコールの関係を保つためにプラスはマイナスに変わるのだねと語りかけたとき、少年たちは笑顔のまま目を輝かしていました。

彼らは、丸暗記する前に、腹落ちする、つまり納得できるかどうかにこだわる傾向があります。例えば、分数同士のわり算で、なぜかける(×)と、分子と分母がひっくり返るのかにこだわります。おそらく、一般の学生は、「そういうものなのだ」「そんなこと考える暇があったら、とっとと計算すればよい」と、効率重視で学習を進めるのではないでしょうか。

しかし、彼らは、こだわった疑問について丁寧に説明を受けて、納得すると驚くべきスピードで問題を解いていくのです。両先生の授業には、分からないを弱みではなく、強みに変える学びの本質があったのです。