転職先はあっさり見つかり、収入もアップ
だがそこではくじけず、周りに迷惑をかけないように朝、誰よりも早く出社し、同僚たちが休憩時間に昼食をとりながら談笑しているのを横目に5分か10分で弁当をかき込んで、大急ぎで毎日仕事を終わらせた。
そうすると役員男性は、残業をほとんどせずに無理やり仕事を終わらせて帰る私のことが面白くなかったようで、「吉川を定時に帰すな」とさらなる圧力をかけ、それまでの倍ほどの仕事を渡すようになった。
私の心がぽっきりと折れたのはこのときで、なるべく早く退職しなければ、もっとひどい目に遭わされることを理解した。朝、会社に行こうとすると体が震え、猛烈な腹痛と吐き気に襲われる毎日が始まった。おそらくあのまま働き続けていたら、私は完全に倒れてしまい、働くことができなくなっていただろうと思う。
先輩や上司が言うには「ここを辞めて転職したやつらはみんな手取りが減ってまともな職に就けていない」ということだったが、月収を時給換算にしてみると当たり前のように最低賃金を大きく下回ったので、あれはうそだったのだと思う。
この会社を退職したあと、関西に帰ってすぐに転職先が見つかった。全く未経験の職種であったが、待遇はもちろん良くなったし、収入も大幅に上がった。その転職先で数年働き、今はまた全く違う職種である文筆業で独立して生計を立てているが、現時点では新卒で入ったあの会社の収入を一度も下回ったことがない。
「3年神話」はブラック企業のためのもの
全ての人がそうであるとは断言できないけれど、少なくとも私にとって「3年は絶対に辞めるな」は毒でしかなく、何の役にも立たなかった。
3年神話を唱え始めたのは、一体誰だろうか。答えは「せっかく大金をかけて新卒を雇ったのに、すぐに逃げられると大損をする企業側」である。使い捨ての若手を劣悪な環境でこき使う企業にとっては、せいぜい最低3年くらいは馬車馬のごとく働いて元を取ってくれなければ困るのだ。
また、ブラック企業が淘汰されないのは、「3年神話」におびえ、逃げるタイミングを失う社員が多くいるためだけではない。まさに私が新卒で入った企業も該当するが、労働基準監督署に内部告発する社員がいても、調査に訪れた労基職員をうまくだまくらかし、摘発を逃れる企業が多くあるためだ。
当たり前のことだが、新入社員に対して、個別の事情を勘案せず「3年は辞めるな」と言うことも、「3年頑張っても意味がない」と言うことも、どちらも間違っている。若者が自分の人生について真剣に悩み、考え抜いて出した結論を尊重せず、第三者が否定する行為はアドバイスでもなんでもなく、ただ自分の価値観を押し付けているだけの暴力だと思う。
「人生の先輩」の教えを参考にすることは大切なことだと思うけれども、当てにしすぎたり、それをもって自分の決断を変える必要まではないはずだ。
かつては当たり前に存在した終身雇用制度は崩壊し、多様な働き方が生まれている現代において、「先人の言うこと」は必ずしも正解だとは限らない。