生存者バイアスが覆い隠す事実

〈叱る依存〉の場合で言うと、叱られ続けることで起きる弊害をなんとか耐え忍び、社会的な成功を収める人は確かに一部にいるでしょう。その場合その方の個人的な体験として、「叱られることで強くなれた」と感じることは十分ありえます。ご本人にとって、その経験や感情は大切なものでしょうから、当然ながら何ら否定されるべきではありません。

しかしながら忘れてはいけないのは、そのようになれなかった多くの人たちの存在です。生存者バイアスによって「ほとんどの人はうまくいかなかった」という事実が覆い隠されてしまっている可能性があるのです。そしてうまくいかなかった方の声が、社会に広く拡散されることはあまりありません。声が届くのは、一部の成功者たちのほうが圧倒的に多い。そういった前提にある「叱られて、私は成功できた、強くなれた」は、うまくいかなかった多くの「犠牲」の上になりたっている可能性が高いのです。

社会で正当化される〈叱る依存〉

生存者バイアスに限らず、〈叱る依存〉の正当化につながる言説がこの社会にはたくさんあります。私にはそこに、根強いニーズがあるように感じられます。叱り続けることを、なんとか「正しいこと」「必要なこと」「当然のこと」にしようとしている人が数多くいるのです。

村中直人『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國屋書店)

この正当化ニーズの裏側には、仲間を求める心理があるのでしょう。同じように考えている人がたくさんいると思えたら「みんなそうなんだ」と安心できます。また、社会的な影響力のある人が言ってくれれば、自分の正当性をより強く主張することができます。そうなれば今まで通り、叱り続けることができるのです。そのため、〈叱る依存〉を擁護したい人たちは、同じ考えを持つ人たちと強く結びつきます。そして、こうした結びつきが、ある種の社会的な影響力を持つようになっていくのです。

その結果、もともと個人レベルの問題だった〈叱る依存〉は、さまざまな社会課題の発生にまで深くかかわっていくのです。

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