ふらつき、意識障害を引き起こし死に至ることも

ビタミンB1欠乏ではどのような症状が出るのだろうか。現在ではまず遭遇しないが、脚気かっけとの病名を知る人も少なくなかろう。食欲不振、疲労、倦怠感などの症状から、さらに足の浮腫、しびれ、動悸、息切れ、筋力低下もきたすものだ。脳神経系にも影響をおよぼし、ふらついたり意識障害が急激に出現したりして死に至ることもある。また「脚気衝心」といって心不全を起こすことも知られている。

これらビタミンB1欠乏の症状は、ウィシュマさんが訴えていた食欲不振、下肢の痛みや痺れ、筋力低下、ふらつき、歩行困難といった症状と酷似している。入管施設という自由が束縛された環境下で非常に偏った摂食状況であったことを考え併せれば、ビタミンB1欠乏があった可能性は極めて高い。いやなかったと考える方が不自然とさえ思える。

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ビタミン不足といえば、ウィシュマさんが心肺停止で搬送された病院で行われた最後の血液検査では著明な貧血を認めているが、この貧血のタイプは大球性高色素性貧血であり、ビタミンB12や葉酸の欠乏や吸収障害によって引き起こされ得るものだ。これらもビタミンB1と同じく通常の食事をしていれば不足しないものだが、ウィシュマさんの摂食状況を鑑みると、これらも不足していた可能性が高い。

「精神的なもの」と断定するにはあまりに雑すぎる

ちなみにビタミンB12は医師も内服薬を処方しているが、それはあくまでもビタミン不足を疑ってのものではなく、「しびれ」という症状に対症療法的に出されたものと考えてよいレベルのものだ。そもそも栄養失調によるビタミンB12不足を疑っていたならビタミンB1とともに採血くらいはするはずだ。

このように改めて考えてみると、精神科医へのコンサルトももちろん重要だが、ビタミン欠乏を疑わないまま精神的なものと断定してしまうのは、あまりに雑な診療であったと言わざるを得ない。

こうした状況であるにもかかわらず医師から栄養剤が処方されたのは、死亡する12日前の2月22日が初めてであった。これだけ食事摂取状況が悪いにもかかわらず、また2月15日の尿検査で明らかに異常値が出ていたにもかかわらず、採血もせず、適切な栄養管理をしようとさえしていなかったことは、明確に医師の過失と断じて良いと私は医師として断言する。そこには何ら言い訳は通用しない。