マスコミに苦しめられつつ、本音で語れる相手もマスコミだけ

ところで、こうした取材を浩次さんと父親の健治さんが受けるのも、自分の兄弟に取材が向かわないようにするストッパーの役割も兼ねている。

一方で、取材を快く思っていない兄弟と次第に疎遠となった。万が一を考慮して、兄弟は住所や電話番号すらも浩次さんに伝えていないという。用があれば一方的にLINEが送られてきて、既読になるとその後ブロック。連絡が入るのも何年かに一度。普通に生きたいと思う兄弟と、母親の無実を証明したい浩次さんとの間で隔たりが生まれてしまったのだという。

取材で私生活を公にするのは、確かにさまざまなリスクも孕んでいる。父親の健治さんは根っからの話好きで、東京から記者が訪れるとまず断らない。全員自宅に招き入れてしまうから、浩次さんは「自制して」と口を尖らせる。マスコミは諸刃の剣である。健治さんも過去の経験上からそれを痛感しているが、「和歌山までわざわざ来たんだから申し訳ない」とこぼすのだ。

マスコミに人生を狂わされる一方で、本音で語れる相手もマスコミ人という矛盾を抱えたまま、19年4月に浩次さんはある行動に出る。某局に勤務するTVカメラマンから「マスコミ対策でTwitterアカウントを持った方がいい」とアドバイスされ、アカウントを開設した。これまでもテレビ局との打ち合わせで「冤罪を訴える番組構成にする」と言われても、放映を見ると事件を扱うのみということがあった。無実を訴える浩次さんのインタビューは全カットされた。そして翌年になると風物詩のように再び彼を持ち上げて、何事もなかったように出演を依頼する。

筆者撮影
林眞須美死刑囚の長男

冤罪の可能性を知らない人からの誹謗中傷

「散々利用されて腹も立ちましたけど、ある時からマスコミの玩具になると決めたんです。どんな形でも出演して、それを見た人が検索して新たな事実を知るかもしれないと割り切った」

Twitterの開設は反論できる武器を手にした半面、新たな頭痛の種も生んだ。

「開設当初に来たリアクションは、ほとんどが誹謗中傷。大半は冤罪の可能性を知らない人です。母親本人の手紙を少しずつアップして僕が説明を加えましたが、それでも中には『すでに終わった事件で被害者もいるんだから絶対にやっている』と退かない人もいた。そんな人でも議論を重ねていると本人から『何も根拠がなかった。報道で死刑だと見ているから死刑だと思っていた。あなたに言われてネットで調べたら冤罪の可能性を知った』と謝られたんです。もちろん、全員が理解を示してくれる訳ではありませんよ。『絶対にやってる』と騒いで『何をお前が被害者ぶってんだ』と怒ってくる。そういう人に対しては、弁護団の主張や記事を本人にDMで送り、説明しています。

反対に、どんなに説明してもたたいていた人が、お姉ちゃんが亡くなった途端『頑張れよ。負けたらダメ』とすごく励ましてくれることもあった」